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別れる決心のsilkのネタバレレビュー・内容・結末

別れる決心(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

正直に言うと観終わった直後は「難しすぎてよく分かんなかった〜」という感じで、このまま通り過ぎていく作品に思えたが、1日経ってジワジワと沁み込んできた。パンフ買えば良かった〜と後悔している(石井さんデザインだし)。

とにかく沢山モチーフ的なものが登場して全てに意味があるんだろうが、鑑賞中はストーリーを追うのに必死で考える間もなく終わってしまったのだ。ただ1日経ってそれらを思い返すうちに、ようやく咀嚼され始めた感じがするので書き残しておきたい。

【自然と本能 VS 人工と理性】
孔子の「賢者は海を愛し、仁者(慈悲深い者)は山を愛す」(的な感じだったと思う)という格言が出てくるが、ソレ=海、ヘジュン=山、なのは間違いないと思う。物語は終始ソレの思うがままだったので彼女は賢者だと思うし、ソレを想って最初の殺人事件の真実(ソレが犯人であること)を揉み消したヘジュンは仁者だろう。特にソレはほとんどのシーンで青い服を着ている。
既存のジェンダー感で考えれば、賢者は男、仁者は女になりそうなものだが、反転しているのが面白い。

本能的に惹かれ合った二人が、山と海という自然に例えられ、山と海という自然のロケーションを行き来しながら、互いへの想いを高めていく様子は、まさに⛰🌊自然🌊⛰(謎感想)
だがしかし、ヘジュンは不眠症に悩まされているという、自然や本能とは乖離した状態にある。ヘジュンが日々扱っている刑事事件も、人間が起こした人工物であり、それへの責任感や執着心のせいで不眠症なのだろう。(個人的にはヘジュンが日々受けているストレスを鑑賞者に伝える為にグロ描写はもうちょいキツくても良かったかな?とは思った。屋上からの飛び降りシーンをカットしてくれる安心設計。)
そんなヘジュンは、危険な存在であるはずのソレを前にすると安心して眠れるのである。人工物と理性に絡め取られたヘジュンが、自然と本能によって安らぎを得る瞬間である。

ヘジュンの妻は、原子力発電所の責任者であり、魚を触った後はすぐにウェットティッシュで手を拭く様な、つまり自然とは対極にいる様な人だ。しかも「セックスをすれば離婚しない」とか「ザクロを食べると閉経が遅れる」とか、自然を人間の為に利用しようとする姿勢すら感じる。ヘジュンと妻のセックスシーン(全裸)よりも、ヘジュンとソレの逢瀬(常に服を着ている)の方がよっぽど官能的なのも面白い。
ヘジュンの感情的に、ソレ(自然と本能)が妻(人工と理性)を上回っていること、ヘジュンの妻も結局は不倫していたことを考えると、【自然と本能 VS 人工と理性】は「自然と本能」の勝利なのだろう。そしてそれは、作品中に溶け込みストーリーの重要な鍵を握るデジタルデバイス(人工物の象徴)が普及した現代においても変わらないのだろう。
一応断っておくと、私は不倫を擁護する訳ではないし、不倫は嫌いだ。しかし、不倫は嫌いだ、不倫する人が許せない、という倫理観すらも、人間社会によって人工的に作られ理性によって保たれている物なのではないかとすら思ったのだった。

追記①
エリート刑事とポンコツ部下という組み合わせは、鉄板の警察ネタでニヤニヤしながら見ていた。(しかも2回繰り返される。)ラブロマンスや完璧とも言える絵作りよりも、そこが一番良かった笑

追記②
ヘジュンの「僕に品があるのは、誇りがあるからだ」的な台詞があったけど、良かったなぁ。そのあと崩壊しちゃうんだけどね。パパッと料理したりtoxic masculinity的なものを全く感じさせない感じも好きなキャラクターだわ。

追記③ 2023.8.29
ソレとヘジュンの翻訳機を使った会話、ヘジュンが中国語を勉強する様子を、勝手にズハオとズハオペンの関係性に重ね合わせてたけど、他言語話者同士がこうやって互いに歩み寄る姿は大きな愛だと思う。そしてこの映画とA.I.BAEは共通するテーマが多いなと改めて感じた。この映画における【人工と理性】はそのままAIというコンセプトに置き換えることも可能だと思うから。まさにlove & technology…。
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