耶馬英彦

クライムズ・オブ・ザ・フューチャーの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
 実験的な作品である。
 人類から痛みという感覚がなくなった設定だ。生物の進化は誕生からだから、かつて痛みを感じていた人間が急に痛みを感じなくなるわけではない。ある世代から、痛覚のない人間が生まれるということだ。つまり痛みの感覚だけでなく、その記憶もない訳だ。そうなると、不安や恐怖の感じ方も劇的に変わるだろう。同様に快感や幸福の感じ方も劇的に変わる。痛みを感じたことがないまま生きている人間にとって、痛みの感覚はある種の憧れとなるかもしれない。

 痛みがないということは、外的な刺激に対してだけではなく、頭痛や腹痛も腰痛もないということだ。痛みに悩んでいる人にとっては羨ましいかもしれないが、逆に言えば、体の不調があっても自覚できないということでもある。医師の仕事は激減し、当然ながら平均寿命は短くなるだろう。生き方は刹那的になり、生産性は落ちる。社会全体が退廃的になるのだ。

 人間の精神と身体と食と性。何がどのように変わるのか。食はもはや栄養補給に過ぎず、性は身体の触れ合いというよりも、痛みの感覚の模索となる。進化の過程でミュータントも誕生し、食と性が大きく変化する。その果てには何が待っているのか。

 人類はこのようにして絶滅していく。そんなふうに予言されているように感じた。レア・セドゥがどうしてこの作品に参加したのか、分かる気がする。
耶馬英彦

耶馬英彦