染夫木智也

千夜、一夜の染夫木智也のレビュー・感想・評価

千夜、一夜(2022年製作の映画)
3.0
フィクションなのに、ノンフィクションくらい切ない映画

日本全国の警察に届けられている行方不明者の数、年間8万人。
その「失踪者リスト」から作成された映画。
自分の知らない世界でこんな切ない現実があるとは知らなかった。

監督は、元々NHKや民放などでドキュメンタリー番組を40年ほど製作されていた久保田直さん。
この方、2014年で東日本大震災での福島第一原子力発電所の事故で立ち入り禁止となった村を舞台とした作品「家路」で映画監督デビュー。
ニュースで誰でも知っている事故を描くのではなく、その事故の裏側で生きる人々を描いた内容に、フィクションでありながらノンフィクションを感じる。

「千夜、一夜」は30年間失踪した夫を待ち続けるトミコの元に、2年前に失踪した旦那を探しているナミが現れて、ナミの旦那を探す話。
探すけど、見つからない、亡くなった情報もわからない、消えた理由もわからない、いつ帰ってくるかもわからない。それでも探し続ける待つ人の切なさを強く描いた内容となっている。

フィクションとは思えない、地味で嫌な人間模様などはさすが久保田さん。

キャスト陣も豪華で、田中裕子さん、尾野真千子さん、安藤政信さん、ダンカンさんなど演技がめちゃくちゃ上手い俳優だらけ。
特に千夜一夜の話は主演の田中裕子さんをあてがきとして脚本になっているので、田中裕子さんの凄さが全力で出ている気がした。
正直、切なさ、辛さ、悲しさなどの演技がすごすぎて、見ているこっちまで辛い気持ちにさせられる田中裕子さんはめっちゃ苦手。
苦手やったけど、今回より苦手になってしまった。(良い意味で)

失踪した旦那を色んなところで探すんやけど、印象的やったのは身元不明で亡くなった人の似顔絵から探すシーン。旦那じゃありませんようにと、ゆっくりゆっくり画像をスクロールしながら探すしている姿は切なさと恐怖が混じったなんとも言えない気持ちにさせられた。

また、劇中に出てくる「特定失踪者リスト」は北朝鮮による拉致の可能性がある失踪者を示す言葉で、初めて知った言葉であった。
撮影の舞台は「新潟の佐渡島」、ここは実際に不明船や特定失踪者リストに登録されている方が多いので、ここを舞台に選んだらしいけど、島という集合体はつくづく苦手と感じた。
全員知り合い状態の世界なので、30年間旦那を待ち続けていると、勝手に他の人と結婚した方が良いよ、あいつと結婚したらどうだ?とか押しつけてくるコミュニーケーションが発生する。
思いやりという押し付けはただの地獄です。

映画の作りとして、対比構造も良かった。
同じ待つ女性なんやけど、トミコとナミそれぞれの違いがあり、その対比によってそれぞれが違う角度で切なくなる。素晴らしかった。

久保田さんは家路の時も感じたけど、あまり説明セリフがなく、表情や話の進め方などで色々状況や感情を表す印象があり、自分の好きなタイプの監督。だがしかし、話自体が重く、興味深いよりも切ないが圧勝しているので、映画のテーマとしては少し苦手なジャンルな気がする。

人って何かと納得させるために理由を求めたりするけど、実際は大した理由もなく行動に起こすこともある。今回では、ある理由を元に失踪することがわかる人と理由もわからない人が出てくるけど、大切な人に対してでも何も言えずに失踪する。そんな人間の地味で嫌な感情を全面に出している圧倒的切ない映画。

待てる人って「強い人だ!」って評価する人もいるけど、そんなことはないと思う。30年という月日を待つのは想いは旦那に対する愛なのか、それとも単なる執念なのか、おそらく本人自身もわからなくなっているのかもしれない。ただ、表面上は諦めているように振る舞っても、家に戻るとカセットテープに録音した会話から当時の思い出を思い返す姿は、「強い」よりも「切ない」。待つ人は必ずも強くはないけど、必ず切なさは纏う。
そんなメッセージを伝えている気がした。

本当に大事な人であれば、何も言わずに待たせてはいけない。