一色町民

カラオケ行こ!の一色町民のレビュー・感想・評価

カラオケ行こ!(2024年製作の映画)
4.2
 ヤクザの成田を演じる綾野剛の肩の力の抜け具合が、意外にいい感じに映画をまとめていて、力の抜けた“ゆるゆる感”が妙に心地良かったです(笑)。そして、中学生合唱部の部長で変声期に悩む聡実くんを演じた齋藤潤。山下敦弘監督の「天然コケッコー」で認知された岡田将生みたいに化けるといいね。

 「カラオケ行こ!」のタイトル通り、数々の有名楽曲がカラオケ曲として出てくるのですが、成田狂児の勝負曲はX Japanの「紅」なんですね。あまりに無理な選曲に、聡実は選曲の変更などをアドバイスする展開になります。
 JAPANの「紅」がもう何度も何度も流れます。小泉総理時代からでしょうか。X JAPANが国民的にも認知されていますが、「紅」を映画で使いまくるなんて(笑)。よく許可がおりたと。しかも、カラオケ曲としてはメチャメチャ難易度が高いですよね。
 英語の部分を聡実くんが日本語(関西弁)に翻訳するシーンがあるのですが、All of you in my memory is still shining in my heart (あんたの思い出は全部、僕の心の中で輝いている、ピカピカやで~)というのは笑った。

 近年のJ-POPでは、高音メロディのヒット曲が少なくないです。聡実くんのリストには「おっ」と思いました。普通の男性が無理なく歌え、しかも幅広い年齢層に認知されている定番J-POPヒット曲がずらりと列挙されているのです。寺尾聰「ルビーの指環」、クレイジーケンバンド「タイガー&ドラゴン」、奥田民生「マシマロ」、斉藤和義「歩いて帰ろう」、井上陽水「少年時代」など。

 年齢も生きる世界も全く違うヤクザと中学生が、カラオケで育む友情。それだけではなく、聡実くんにもしっかり彼の「事情」を付け加えることで、2人の関係性がさらに密になっていく構成も上手いです。
 合掌部の部長としてみんなを束ねる立場であるはずの聡実くんでしたが、担当するソプラノパートでの高音域が変声期で出にくくなってしまっていたのです。だから、練習も実が入らない。彼のそんな態度に、後輩の和田(後聖人)は、ちゃんと歌おうとしていないと感情を露わにする。聡実くんを尊敬しつつも、聡実くんの説明不足もあって、和田は聡実くんのやる気を疑いブチギレるのです。このヒリヒリした空気があるからこそ、本作は“コメディ映画”だけで終わっていないのです。

 合唱部をドロップアウトした聡実くん。謎の(笑)「映画を見る部」の幽霊部員でもある聡実くんが、部室でモノクロの昔の名画を観るのですが、これが面白かったです。
 「白熱」を見ながら、ギャング⇒ヤクザ⇒クズみたいな話に持っていくし、「カサブランカ」を見て「愛は与えるモノ」、「自転車泥棒」を見て「大人って自分勝手だね」とのセリフが物語と微妙に絡んでくるのです。

 二人には友情のようなものが芽生えており、聡実くんは狂児に「高い声が出ない」ことを打ち明けます。ここで狂児のセリフがいい。屋上で、大阪ミナミの街を眺めながら「なんでもかんでもキレイなモノだけがいいってなったら、この町もろともとっくになくなっとる」と。

 ネタバレですが、クライマックスで聡実くんが「紅」を熱唱します。思い出をフラッシュバックしながら歌い上げる聡実くん。キレな歌声であるものの、高音が発声できません。「紅」で染まった彼の心が痛い。それでも彼は熱唱します。このシーンは白眉でしたね。

 山下敦弘監督の前作「1秒先の彼」(2023年)は、SFモードのラブコメで面白かったですが、本作はさらにコミカル度が増し、しかも年齢も住む世界も違う男同士の友情を描く、中学生の青春ドラマの側面もあり、質度の高いヒューマン・コメディとなっていました。

 エンドロールの後にオマケ動画があります。これがタイトルとも呼応しているので、最後まで観ましょう(笑)。

追記:
 映画が面白かったので原作コミックを買って読みました。全1巻、190ページの作品なのでサクッと読めます(笑)。映画の内容はほぼ原作通りでしたが、「紅」の日本語(関西弁)訳、聡実くんの部活でのシークエンス、聡実くんと狂児の屋上シーン、「映画を見る部」は、すべて映画のオリジナルでした。それが非常に効果的で、原作以上に仕上がっていたと思います。
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