映画みる部の映画は、巻き戻しができない。見慣れた町も変わっていく。
過ぎ去ってしまえばなんでもないことも、その渦中にいる時は思い、悩んで、何かしらの折り合いをつけながら生きていかなきゃいけなかった。そんなことをみながら思った。
聡実は中学3年生、声変わりでソプラノは歌えなくなる。ヤクザの集会でカラオケを歌う シーンは、通過儀礼的な意味も持たせてるのかなぁと。
映画部は『カサブランカ』と『自転車泥棒』は観てるのはわかったけど、あと2つ位何だろう。そもそも原作にはこの設定はない?みたいなので、野木脚本or山下監督のアイデアなんでしょうか。本作のテーマを補完するのにぴったりの改変だなぁと🙆
1時間ちょうどあたりにある綾野剛カラオケ祭りワロタ🤣
ポンポロポンポン🎵みたいな劇伴も何だかクセになってくる〜。トゥルーロマンスの音楽とちと似てるかも。
カラオケ文化ってあるとこないとこで結構分かれるのかなと思っていて。よくアメリカ映画だと、バーみたいな場所に文字だけ出てくるカラオケマシーンでみんなで歌ってるイメージ。
少なくとも自分がアメリカ行ってた時のメーン州では、日本みたいなカラオケはなかったです。ボストンまで行くと、韓国系移民がやっているカラオケ屋(日本のと近いけど曲めっちゃ古い)はあった。
アジアには多いんですかね、カラオケって。
日本にはめっちゃめちゃあるけど、浸透してない国もあって不思議だなぁと。気の知れた仲間と仕切られた部屋で歌う、ていうのが日本人の国民性なのですかね。