ambiorix

FALL/フォールのambiorixのレビュー・感想・評価

FALL/フォール(2022年製作の映画)
3.8
当方、マンションの3階ぐらいの高さで手足がぶるぶる震えてしまう極度の高所恐怖症持ちなので、こんな怖そうな映画をばかでかいスクリーンで見るのはちょっと…なんつって封切り時は敬遠してしまったのだけれど、東京都の墨田区は菊川にあるストレンジャーという席キャパ50足らずの、関東中を探してもこれより小さい映画館はあんまりないのではないか、というぐらい小さなミニシアターで掛かっていたので勇気を出して見に行ってきた。で、結論からいうとめちゃくちゃ怖かったし面白かった!
本作『FALL フォール』をざっくり一言でいうなら「高さ600mの鉄塔から降りられなくなってしまった女の子2人がサバイバルを繰り広げる」ただそれだけのお話。いわゆるソリッドシチュエーションスリラーと呼ばれるタイプの作品です。2時間近いランタイムのほとんどをたたみ3畳ぐらいの周りに何もないスペースで過ごすので、こんなんで話が持つんかいな…とはじめは心配でしたが、まったくの杞憂でした。冗長感も中だるみも一切感じさせない、この手のジャンルにおける新たな代表作のひとつになりえたのではないかと思います。
ただし、ストーリーははっきり言ってムチャクチャです。ロッククライミング中の滑落事故で夫のダンを失ったベッキーは事故から1年近くが経った今も彼の死を引きずり酒とクスリに溺れていた。そんなさなかに親友のハンターが訪ねてくる。そこで彼女は「べらぼうに高い鉄塔に登って恐怖を克服し頂上でダンの遺灰をばら撒けば立ち直れるよ」みたいなことを言い出すわけですけど、ヘンテコな論理だよなあ。最愛の人を喪った悲しみを命知らずのチキンゲームで埋め合わせようだなんて…。ベッキーもそう思ったのかその辺は知りませんがしばし逡巡し、結局はハンターの提案に乗ることに。くだんの鉄塔は老朽化により近々取り壊しが決まっており、ご丁寧に立ち入り禁止の札まで掛かっています。なんだけど、ベッキーとハンターはそんなもん知るかいッてな具合に柵を乗り越え敷地内へとズカズカ踏み込んでいくのでした。ここだけ見ていてもわかる通り、ぶっちゃけこの2人は好感のもてる人物としては描かれておりません。とりわけハンターに関していえば、世の中の全ての物事をいいねの数とお金に換算するSNS資本主義の権化みたいな俗物だわ、不注意でたびたびベッキーを殺しかけるわで途中まではキチガイにしか見えない(いやさ、見ようによっては最後まで…)。なんで、その後に巻き起こるアクシデントは自業自得以外の何ものでもないし、仮に古典的なスラッシャーホラー映画なら2人とも無惨に殺されてざまあみろとなるところです。人物描写の破綻ぷりは本作最大のマイナスポイントでしょう。ネタバレになるため深くは踏み込みませんが、夫を亡くしたベッキーの悲しみの終着点をあそこに持っていくオチもちょっとどうかと思った。あの事故のせいで丸1年ふさぎ込み、自殺を考えるレベルでダンのことを愛しとったのに、果たしてあんなんでいいのかね…。
なんだけど、それらの欠点を補ってあまりあるのがスリラー演出の素晴らしさでした。もちろん、われわれ観客は俳優たちが地上から600mの高さにそびえ立つ本物の鉄塔で演技をしている、なんてなことはとうてい信じておらない。この鉄塔はスタジオかどこかに作ったセットにポストプロダクションでCG処理を施したものだろう、ということを重々承知したうえで映画を見ています。ところが、本作は単にキャメラの構図やカット割りでもって物理的な「高さ」を演出するだけにとどまらず、緩んだネジや梯子から落ちてゆく手すりといった視覚情報、鉄塔のグギギと軋む音やのべつに吹いてくる風の音といった聴覚情報を絶妙なタイミングでインサートし組み合わせることによって、今にも地面に向かって落下してしまいそうな寄る辺のなさを表現しまくり、観客の汗腺をこれでもかと搾り取りにくる。そしてそれは実際にめちゃくちゃ怖いわけです。俺の手のひらをびちゃびちゃにした時点でこの映画の勝利は決まったようなものでした。
そして見どころはもう一つ、外界からほとんど隔絶された空間の中でどうやって生き延びるか、およびどうやって助けを呼ぶか、という極限の状況下で繰り出されるアイデアの数々にもあります。ここに関しては、よく考えたなと思うものと、これはあんまり上手くないでしょと思うものが半々ぐらい。前者の代表例は、序盤に置かれたトラックとの衝突事故未遂というさりげない(さりげないのか?)場面を終盤のとある衝撃的シーンの前フリに使ったり、あとはクライマックスのアレですわね。事前に靴と靴下とブラジャーを使ってもダメだった、ってな絵を見せることで、あそこのエクストリームな描写にもがぜん説得力が出てくる。後者の方は、ダイナーで盗電するくだりの不自然さだとか、食うものが無くなった状況で食えるものと言ったらそら序盤から出ずっぱりのアイツしかないだろう、などといった伏線としてはお世辞にも優秀とは言えない伏線たちが代表的でしょうか。でもそれは裏を返せば、あらかじめ画面内に提示したものだけで勝負するぞ、まったくの無から突如湧き出てきたデウス・エクス・マキナ的な存在には頼らんぞ、という作り手の矜持に他ならないわけで、この点からスコット・マン監督はモラリスティックで信用のおける人なんやないうことがわかります。
前述したように本作『FALL フォール』は、画面への没入度合いが尋常じゃあないので、大スクリーンと大音響が備わった映画館という環境でこそ見るべき作品です。ライドアクション映画としてはほとんど満点といってもよいのではないかと思います。もう一度言いますが、映画館で見るべき作品です。配信やらDVDやらでこの映画を見て「いや、こんなの全然怖くねえわ🙄」かなんかほざいとるアホがおったらはっ倒してやるからな(笑)。
ambiorix

ambiorix