たく

宮松と山下のたくのレビュー・感想・評価

宮松と山下(2022年製作の映画)
3.8
世間に埋没して死んだように生きてる男のある過去が明らかになる話で、最近いろいろあった香川照之だけど、やっぱり彼の新作となったら観ないわけに行かない。最近の「半澤直樹」のような大仰な演技ではなく、全体的に非常に抑制された表情が主人公の秘めた心を感じさせて、やっぱりこれが彼の真骨頂だと思った。長い間を取った静かな映像やちょっと不気味なBGMも手伝って、かなり地味な作品という印象。

冒頭の屋根瓦を幾何学模様のようにパッパッと写していくショットは、確か篠田正浩監督の「心中天網島」がこんな感じだったように記憶してる。そこから宮松のエキストラとしての活動が示されて行くんだけど、撮影が終わってプライベートの場面に移ったと思ったらそれも撮影で、ようやく恋人と暮らす日常が始まったと思ったらそれも撮影という展開が面白く、彼の本当の姿がいつまで経っても見えてこないことが本作のテーマに繋がってるように思った。

やがて彼の昔を知る人物が現れて、彼の12年前と繋がって行くのがちょっとしたサスペンス展開。山下(宮松)がエキストラをやってることと昔に野球でどんなポジションもこなしてたことは本質的に同じで、タクシーは自分で行き先を決めないところが良いとか、餃子の皮を包むときは自分のことを忘れて没頭できるとか、彼が本当の自分から目を逸らし続けてることを象徴してる。

自分が昔よく吸ってたと教えられてホープを買って吸うシーンで、無音の中にタバコがチリチリと燃える音だけが聞こえる演出が秀逸。ここでようやく宮松と山下が繋がって彼が下した決断は切ない。
香川照之は「鍵泥棒のメソッド」でも記憶喪失の役をやってたし、津田寛治は「名前」で名前を次々変えながら職を渡り歩く役をやってて、ただの偶然には思えない。
たく

たく