なるなる

美と殺戮のすべてのなるなるのネタバレレビュー・内容・結末

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

トリガーアラートがあるとは言え、思った以上にくらってしまった。
この映画を見てから数日経っても、上手く思いをまとめることが出来ないし、私は主に姉バーバラの事が刺さってしまい度々泣いている。
複雑で多様な内容が織り込まれており、それをどう切り取り、説明しても、多くのものを取りこぼしてしまう。

予告を見て、「何故、写真家(アーティスト)が作品が展示されるであろう美術館で抗議活動をしているのか?」
「干されるリスクもあるのに何故?」という疑問だけで、ナン・ゴールディンもオキシコンチンのことも、何の知識もなく見に行った。
ただのドキュメンタリーと思って客観的に起こった事を知るつもりで見るつもりだったのに、後半どんどん客観的に見ることが難しくなり、ラストに持って来たナンの姉バーバラの死の詳細を知って、まるで自分ごとのように感じて泣けて仕方がない。

劇中、スライドショーで映し出される数々の人々。
14歳で両親に捨てられ、一時は声を発する事をしなくなったナン自身が、常にカメラを持ち、いつでも何でも日常を撮影してきたのがよくわかる写真だった。
何気ない瞬間からトイレ、セックスシーンまでを切り取っていたけれど、その写真に写る全ての人が、その瞬間に生きていた「きらめき」や息遣いを感じるほど生々しい感触のある写真で、今にも動き出しそうな臨場感がある。

写真と共にナンが語るそれぞれの人の物語に、
その彼/彼女は私だったかもしれない。という思いが少しずつ湧いて来て、それぞれに投影してしまう。

特に姉バーバラの死の詳細をラストに編集した監督の手腕はすごい。監督がナンと時間を掛けてやり取りをしたからこその鬼のような構成だと感じる。

児童施設のカーテンに火を着けて施設から逃げようとした姉バーバラ。14歳で精神科や児童施設に連れて行かれてから4年間の彼女の苦しみと恐怖を思う。
時代的にも、世界的にも、逃げられなかったリスベット・サランデル(ドラゴンタトゥーの女の原作)だと思った。
18歳のバーバラがバッグに残した「闇の奥」の引用、
「…自分を深く知ろうとしても、それはもう遅過ぎる…」といった内容、
母親自身が性的なトラウマを持ち、精神を病んでいる事。
ナンも14歳で里子に出された事。
それぞれが逃れられない苦しみと悲しみの中、堪えきれなかった事の数々が重なった上でのバーバラの死。

ナンの人生の核は間違いなく姉バーバラで、
ナンの人生は姉の死から始まり、両親から捨てられ、生き延びた先で出会って来た人達との輪が幾重にもリンクし、広がり、やがて大きな抗議運動の中心メンバーとなっていった流れのようなものが、このラストにギュッと凝縮されて一気に炸裂していたように思う。
一人の人の死をクローズアップする事で、薬害により全米50万人以上が死亡したという数字の意味を自分ごととしてリアルに意識できた切り替わりのパートで、
生きていて欲しかった数々の人との別れと、何とか生き延びたナンの苦しみと悲しみがグッと自分に入ってくるような感覚さえした。

映画に含まれる情報が多過ぎて、何か語ろうにも2〜3つ位しか触れられない(脳みそも思考し切れない)ため、
見る人によって見え方や刺さり方や深さが幾重にもあり、変わると思う。
これほどまでに沢山のテーマを織り込んで1作品(回顧伝、アート、音楽、薬害抗議ドキュメンタリー)として仕上げている事も凄すぎて、今後これを超えるドキュメンタリーに出会えるとは思えない。

また時間を置いて見れば感想が変わると思うが、この衝撃を出来るだけそのまま今、残しておく。
なるなる

なるなる