れーちゃん

ちひろさんのれーちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

ちひろさん(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

今泉監督の作品はどれも、今の時代を生きる自分自身をまだよく知らない若者たちが何かと出会い、心境の変化が訪れる様をゆっくりじんわり描いていく。
ものすごく大きくことが展開していくこともあまりないので、会話シーンのひとつひとつに想いが込められているのだなということはよく伝わってくるけど、その若者たちの姿にあまり共感できず、うーん。。となってしまうことが多かった。

本作「ちひろさん」は原作が今泉監督ではないということもあると思うが、珍しく主人公にすごく共感でき、自分と重ねてしまう場面もあったりしたのでより没入度が上がった。

ちひろさんはお弁当屋さんで働く「元風俗嬢」の女性。ホームレスや家庭環境に難ありな「生きることがむずかしい人」を見つけるとお店のお弁当やおにぎりを分け与え、話を聞いてあげる。
ちひろさんは彼らにお弁当以外の何かをするわけでもない。アドバイスをするわけでも何かを言うわけでもない。ただ、彼らはちひろさんといることによってなぜだか自分の居場所を見つけたような気持ちになり、心がホッとする。
そんな街の人々がちひろさんと出会って再生していく様子を描く作品。

作品全体のトーンは今泉力哉監督そのもので、ものすごく大きな起承転結を迎えることもなく、ラストのシーンまで進んでいく。

男性が登場するシーンになると毎回、有村架純の魔性の女感がなぜか見え隠れしているような、この後変に発展してしまうのではないか?という胸のざわつきを引き起こす。
これを意図して有村架純をチョイスしたのか、わからないが、なぜか不穏な気持ちになってしまうのも凄いところ。
それがちひろさんの魅力なのであろう。

ちひろさんの過去については、ほぼ語られない。
ちひろさんという人が一体どんな過去を背負って生きてきたのか?がほとんどわからない。
風俗嬢の過去についてもほとんど触れられることはないが、次々に登場する人物から、ちひろさんの過去が連想できる。

まず、ちひろさんの原点ともいえる「チヒロ」。
チヒロは、ちひろさんが子供の時に作ったぶかっこうなのり巻きを、「おいしい」と言って食べてくれた。おそらく、彼女が初めて「共感」してもらえた出来事だったと推測している。

からっぽだったちひろさんにとって、初めて自分が目指すべき存在だと感じたのは「チヒロ」だった。
ちひろさんは、チヒロのようになりたかった。
だから、生きるか死ぬかの瀬戸際にいた時に、風俗嬢の道を選べたのだと私は思う。

病院で、娘との寂しい出来事を話すたえちゃんに対し、
「これいいねって言ったら、これいいねって言ってくれる。そうだよねって言ったら、そうだね。っていってくれて。なんか、それだけでよかったんだよなぁ。」
と、ちひろさんは言った。自分の母親を想像していたのか、他の人物なのかはわからない。それでも、「共感」してくれる存在がちひろさんにとっては必要だったのかもしれない。

ちひろさんがお弁当を買いに行き、出会ったたえちゃんは「同じ星の人」だとちひろさんは思った。ちひろさんにとって、たえちゃんは「次に自分が目指すべき存在」だったのではないだろうか。

リリーフランキー演じる「店長」のことを「お父さんだと思う」とちひろさんはいった。
店長とも何か発展してしまうのではないか?となんども思った。それでもそうはならない、特殊な立ち位置だった。
お父さんという存在を知らないからちひろさんだからこそ、そう素直に感じたのだと思っている。

次に、劇中で描かれていたいくつかの「死」について。
ちひろさんは死んだものを迷わず埋葬していく。それはちひろさんの中で過去に死よりも大きな辛い経験をしたことがあるからなのではないかと私は思う。
実の母が亡くなったことを聞いても、動じなかったのだから。
死に対して、悲しいという感情よりも先に"埋めよう" と思うのは、自分の気持ちもそこに埋めて気持ちを整理しているからなのか。からっぽの自分を埋めていく作業なのか。
もっと深い理由があったのだとすると、もう少しそこは丁寧に描いても良かったのではないかな?と思う。

背中の刺し傷を含め、気になる発言は多々あったけれど、過去を多くは語らず「生きづらい今をどう生きていくか」にフォーカスを当てていた。

出会った人たちからのパワーをもらって「元風俗嬢」だった自分から「元お弁当屋さん」になったちひろさんの明るい未来が開けたようなラストが良かった。
れーちゃん

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