平田一

その道の向こうにの平田一のレビュー・感想・評価

その道の向こうに(2022年製作の映画)
4.1
“二人は破片を集めるように、壊れた時間に生きていた……”


久しぶりに再開できた“自由深夜”の映画編は、Apple TV+によるオリジナル長編映画。アフガニスタンから帰還したPTSDの女性兵士、とある理由で左足が義足の車の修理工。偶然から生まれた縁と友情を描きつつ、二人が抱える過去と明日を一歩引いて描写する。制作会社を立ち上げて、プロデュースも買って出るほど、本作に並々ならぬ熱意を持って挑んだのは『ハンガー・ゲーム』『X-MEN』で知られるジェニファー・ローレンス。アフガニスタン帰還兵でPTSD持ちという複雑な主人公を静謐に見せていく。主人公と交流するもう一人の主人公は『エターナルズ』や『ブレット・トレイン』のブライアン・タイラー・ヘンリー。監督は舞台演出、Netflixの「メイドの手帳」やHBOの「セックスライフ・オブ・カレッジセール」などといったドラマシリーズに携わったライラ・ノイゲバウアー。本作が長編映画監督デビュー作となる。

アフガニスタン帰還兵で故郷のニューオリンズに戻ったリンジーは心身ともに大きな傷を抱えていた。地元の自動車整備士のジェームズと出会った彼女は彼と友情を築き、今後の道を模索する―――。

帰還兵がテーマの映画はちょくちょく拝見していて、同じAppleTV+の『チェリー』も同様でしたね。これは同じテーマでありつつ、特別でも何でもない「日常」に深く根差したところが素晴らしかったです。音楽も殊更に強調することもなく、だから映画の発するものも常に「日々」が映ってます。

リンジーという人間は実家に居場所を見いだせず、兵士になるしか道が無かった人間と言いますか……あくまでボクの見解ですが、逃げ出したかった人のようです。そんな彼女が戦地へ行って、心も体もボロボロに。けれど心は戦地に置いたままだという感触が、冒頭から感じられて、ヒリヒリさせられましたね。演じるジェニファー・ローレンスはリンジーの彷徨う心を被害者的に演じないよう、けれどリンジーに寄り添ってるところが大変良かったです。記事によると入念な準備やリサーチを重ねてて、当然かもしれませんが、まさにプロの役者です。無神経な振る舞いでジェームズを怒らせて、傷を与えてしまった時の緊張感もすさまじく、あくまで彼女を人間として見ている姿勢を感じます。

ブライアン・タイラー・ヘンリーも素晴らしいお芝居です。穏やかで心優しい、ユーモアにも溢れる人が、取り返しのつかない罪を犯してしまった過去がある……そこに自分を捕らえ続ける姿に胸が痛みました。以前『7つの贈り物』のパンフを読んで見つけましたが、罪に喘いでいる人間は、罪を与えられることが癒しになり、逆に癒しはかえって心を苦しめる。まさにこのジェームズは罰を癒しにしている方で、リンジーと出会ったことでそこが徐々に揺らぎだす。罪に苦しみ、罪に縋り、罪に溺れていた人間が、最後どう歩むのか?……その答えは必見です。

今書いてて「プール」の意味はホントに素晴らしいですね。確かこれも別の映画のパンフに書いてたことなんですが、「水」は清めや生まれ変わりか何かの意味があるらしく、ある意味では二人はそこで生まれ変わってるんですね。それに水には膨大な歴史があるってどこかで読んで、その事も踏まえるとプールは非常に深いです。身近に見られて、入れるうえに、包み込んでくれますし……。

淡々と描きすぎてるところは否めませんけれど、非常に完成度が高く、テーマに対しても真摯。この時代に作られるべくして作られた一本です。ローレンスがこの映画にどうして熱意を注いだのか、見れば非常に納得できると思う映画になってします。

独自性が求められる、配信サブスクリプションで、Apple TV+というのは非常に興味深いです。「ミニシアター系映画」にこれだけ力を注いでくれて、しかも完成度も高い。関心上がってきてますね。今後もまもなく配信されるウィル・スミスの新作映画、レオナルド・ディカプリオ主演の最新映画とか、意欲的な企画も多く、是非とも続けて行ってほしい。この間の『レイモンド&レイ』も良かったので!
平田一

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