耶馬英彦

こんにちは、母さんの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

こんにちは、母さん(2023年製作の映画)
3.5
 クラシック曲が要所要所で上手に使われている。J.S.バッハの「G線上のアリア」とビバルディの「四季」から「冬」第1楽章、そしてショパンの「ノクターン」の第2番だ。クラシック曲の力はとても大きくて、恋心の膨らむシーン、仕事の緊迫したシーン、ゆっくりと時間が過ぎていくリラックスしたシーンなど、それぞれのシーンを増幅して、それらしい雰囲気を醸し出す。

 山田洋次監督はいつも女性を美しく撮る。御年78歳の吉永小百合さんが演じた福江は、その歳なりにとても美しい。それに考え方も若い。人間の多様性を認めて、それぞれの生き方を大事にする。自由な精神性だ。
 一方、大泉洋が演じた息子の昭夫は、昭和の高度成長期みたいに古い価値観の持ち主で、他人と価値を比較するような無粋な真似をする。戦後の昭和の時代には昭夫のような人間が普通にたくさんいた。世界の中心に自分がいるタイプだ。思春期の自意識の目覚めをうまく乗り切れなかった訳で、自己愛性人格障害の一種である。アベシンゾーと同じだ。自分第一の木部課長も同じ穴の狢である。

 昭夫の娘で、永野芽郁が演じた舞は、福江と同じく自由な精神性の持ち主だ。父親のパターナリズムを許す余裕もある。それは福江も同じで、自分の都合最優先の息子を非難することもなく、優しさを全方位に発揮する。
 古い精神性=昭夫と、新しい精神性=福江、舞との緩やかな対立軸を描き、そこに田中泯のイノさんの戦争の記憶を加えることで、戦後の庶民の精神性の変遷を上手に表現してみせた。古い価値観から脱却しなければ未来はない。山田監督としては画期的な作品である。
耶馬英彦

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