耶馬英彦

春に散るの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

春に散る(2023年製作の映画)
4.0
 瀬々敬久監督の作品は結構観ている。古い順に列記してみる。

「ストレイヤーズ・クロニクル」(2015年)
「64 ロクヨン」(前編・後編)(2016年)
「菊とギロチン」(2016年)
「8年越しの花嫁 奇跡の実話」(2017年)
「友罪」(2017年)
「楽園」(2019年)
「糸」(2020年)
「明日の食卓」(2021年)
「護られなかった者たちへ」(2021年)
「とんび」(2022年)
「ラーゲリより愛を込めて」(2022年)

 こうして並べてみると、表現者としての映画監督というよりも、映画の職人さんのイメージである。人の生き様、死に様と人間関係の機微といったところが、得意の範疇だろう。

 本作品はボクシング映画だから、ボクサーの心理については相当調べたと思う。試合中に相手の家族を気にするのは、集中力の欠如だし、何より相手に失礼だ。そんな態度で試合に臨むならボクシングなんかやめちまえと言いたくなるのも頷ける。

 L字ガードは、先般の井上尚弥vsスティーブン・フルトンのタイトルマッチで井上が採用したガードの形だったので、試合を見た人は思い出したのではないだろうか。それ以外にも、窪田正孝のトレーナーが山中慎介だったり、プロライセンスを持つ片岡鶴太郎が仲間だったり、横浜流星が実際にライセンスを取得したりする。このあたりはボクシング好きの好奇心も満たすと思う。
 なんだかんだとボクシングを研究して製作しているところが、流石に瀬々監督だ。ボクシングの基礎が下半身であることも知っているようで、パンチを当てるにはフットワークが必須だというシーンがある。横浜流星をやたらに走らせるのも同じ意味だ。井上尚弥の強さのひとつが、並外れたフットワークにあるのはよく知られていて、彼のステップインとバックステップは驚くほど速い。横浜流星のフットワークもなかなかのものだった。

 山口智子をスクリーンで久しぶりに見たが、この人だけ、違和感があった。ブランクのせいかもしれないが、演技が瀬々演出と食い違っているのだ。どうしてこの人を使ったのか、ちょっと意味がわからない。あるいは違和感を出したかったのか。それにしては不自然だった。

 片岡鶴太郎はとてもいい。やさぐれているけれども優しさを失っていない。その優しさは主演の佐藤浩市と横浜流星にも共通していて、作品の肝になっている。瀬々監督の作品には、優しさを失わない、優しさを取り戻すといったプロットが多いと感じる。本作品も例に漏れず優しさが溢れているし、ストーリーもいい。まったく飽きずに面白く鑑賞できた。
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