あらすじを読んだ時点で私の琴線をびよんびよん揺らして来そうな予感がしてすぐに鑑賞。
なかなかのカス野郎映画で、期待通りに良かったです。
もうね、ほんと主人公のレスリーのカス具合が半端ない。
多分病的な領域に到達しているので「カス」という語句で斬って捨てるのは乱暴な気もするが、それにしても、というレベル。
アル中で生活が地に落ちちゃったのはしょうがないとしても、その後色々な人が手を差し伸べてくれるにも関わらず、その手を振り払ったり唾吐きかけちゃったりでもう最悪。
(酒場で逆ナンするシーンの地獄具合なんか最悪過ぎて最高だった。。)
普通ならそんな奴の物語なんか観るのも苦痛だろうにこれが観ていられるのは、レスリーがどこまで悲惨でも最後までかろうじて失わないその愛嬌と、彼女がそんな生活を彼女なりに抜け出そうと必死なことが(わずかではあるが)伝わって来るせい。
やはり本作を観て感じたのは、「何かをやり直すのに、遅すぎることなんかない」ということ。
ありふれた表現にはなるが、過去は変えられない。でも今から先は変えられる。
それが真理である以上、変わりたいなら今から変わるしかない、この当たり前の事実をしっかりと可視化してくれているように思う。
自分の話で恐縮だが、私、物事を一度始めてから継続するのが得意で、これには一つのコツがある。
「何かを続けるのが得意」というと、皆、「1度も止めずにやり通すことが得意」と思うんだけれど、これがちと違う。
人間なんだから、「1度も止めずに何かを続ける」ことなんて絶対無理。
大切なのは、「1度止めてしまったとしても、それで全てをご破算にしたりせずに、その翌日からもう一度やり始めること」、これに尽きるのだ。
一生懸命続けていることを中断してしまったら、それまでの努力が全て無駄になったような気分になり、「もうや〜めた!」という感情になりがち。
しかし。確かに少し後退してしまったかもしれないが、そこで止めちゃう世界線と、明日からもう一度始める世界線で比較した場合、
後者のほうが良い世界であることは間違いない。ここを意識することで、何かを継続することが出来る。
やはり、レスリーが我々に身を挺して示してくれたように、「何かをやり直すのに、遅すぎることなんかない」んだな。
社会の底辺に焦点を当てる作品のテーマ性からして、『フロリダ・プロジェクト』等のショーン・ベイカー監督風味も感じた次第。
作品の締め方の小幸せな感じも心地よく、なかなかに良い作品でした。