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子猫をお願い 4Kリマスター版のnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.2
 「私たちいつまでもこうやってずっとキラキラしてたいね」と言ったかはどうかは兎も角としても、ソウルから電車で1時間ほどの近郊都市、仁川(インチョン)の女子商業高校を卒業して1年のヘジュ(イ・ヨウォン)、テヒ(ペ・ドゥナ)、ジヨン(オク・ジヨン)、ピリュ(イ・ウンシル)、オンジョ(イ・ウンジュ)の気持ちには少しずつ溝が出来はじめている。上昇志向の強いヘジュはソウルの高層ビルの上階にある証券会社に就職した。ルックスがよく、職場でも愛嬌を振りまく彼女は男性上司たちにも気に入られ、女の子が欲しいものはみんな手にしているように見える。それでもヘジュは満足していない。そんなヘジュと、何かにつけてぶつかりあうことが多くなってきたのは、5人の中でも早くに両親を失い、高台にあるバラックで祖父・祖母と暮らすジヨンだった。デザインに興味があり、デザインの仕事で漠然と生計を立てようとするが祖父や祖母の援助は得られず、ひたすら不遇な日々を送っていた。商業高校時代、何ならこの中で一番仲が良かったヘジュとジヨンの不仲に一番戸惑っているのはテヒで、何とか2人に仲良くしてもらいたいと必要以上に気を遣う毎日だ。ある日、誕生日プレゼントを買う金もないジヨンはヘジュに驚いたことに拾って来た猫をプレゼントするのだ。

 今作には社会に出た若者たちの苦悩が余すことなく伝えられる。ピリュとオンジョの2人は潤滑油のような存在だから脇に置くとしても、ひたすら上昇志向の強いヘジュと、貧しい家で育ったジヨンとでは住む世界見える世界がまったく違うのだ。韓国における経済格差は当時は日本より深刻で、貧しい家で育った子供はどんなに努力しようともスタート・ラインにさえ立てないのだ。今や韓国の貧民層の多くは『パラサイト 半地下の家族』のように半地下で暮らすが、この頃の貧民たちは極端に交通インフラの悪い高台にバラック建てて住んでおり、とても勉強どころの話ではない。社会人2年目ともなれば、ソウルで暮らすヘジュに貧乏で就職先もないジヨンが嫉妬するのも無理ない話だ。2人の仲を取り持とうとするテヒも家父長制度の強い名家に反発し、いつか家を出る口実を探している。2004年に今作を初めて観た時には私も若かったので、とにかくヘジュの友人への横柄な態度ばかりが目についたが、今回観たら実はヘジュの思考そのものこそ、財閥偏重で男尊女卑の文化の強い韓国社会の一番の犠牲者として描かれていると気付いた。

 誕生日に猫をプレゼントするなんて幾ら何でもと思うが、その後の猫の流転する姿に彼女たちの「何者かになりたい」願望が静かにオーバー・ラップする。何者かになりたいが、それがいったい何なのかわからない。自身の夢もキャリアの輪郭すらも何もかもがぼんやりとする中で、彼女たちはみんな「ここではないどこか」を夢見ている。その根本的な悩みはおそらく5人とも共有しているはずなのだが、それぞれの置かれている立場が物事を複雑化し、本質を見えなくする。シスターフッド的な連帯を拒むのだ。それ自体が韓国社会の抱える闇であり、ジレンマでもある。今作と同じ地平に在るのは『82年生まれ、キム・ジヨン』であり、『はちどり』であり、『三姉妹』だろう。2001年に製作された本作はチョン・ジェウンの記念すべきデビュー作でもあり、あらためて4K版のクリアな映像で観ても、女性たちの生き辛さは現代を20年先取りしていた。
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