ボール遊びをする少女の後ろ姿とその影の俯瞰ショット、そこへ女の影がインする。あッ!このショットはラングの「M」ではないか!「M」はまさに連続児童誘拐事件の映画である。ラングといえば影、そして円だ。にわかに「マッチング」が「円」の恐怖に彩られた映画として迫ってくる。
冒頭から輪花(土屋太鳳)が階段を駆け上がる、そして丸いブーケを握って駆け下りることになる。輪花とトム(佐久間大介)がデートする水族館のクリオネが捕食する瞬間の円形、懐中電灯の丸い円、いかにもラング的だ、四葉のクローバー、指輪、ボール、消化器、丸い植木鉢が並ぶ移動撮影、車椅子、足枷、刑務所の面会室の丸い会話窓。本作のキーポイントのメダイ、四葉のクローバー、クラゲは「円」と「円」が見事に重なり合っていく。冒頭とラストに響くラヴェルの「ボレロ」は終わらない円環構造の曲である。そして何よりもヒロインの名前は「輪花」だ!脚本・監督の内田英治の確信を感じた。本作は「円」の映画なのだ。
「円」と対照的なのがバツ印である。死体の顔に刻まれるバツ印、写真の顔に描かれるバツ印。このバツ印は、だんだん十字架に見えてくる。何度も挿入されるキリストの磔刑がインスパイアするからだ。
本作は「振り向く」映画でもある。恐怖が後ろからくるからだ。輪花がいきなり声をかけられ、驚いて振り向くとトムが立っている。ヒッチコックの「レベッカ」の手法だ。本作のオンで描かれてる全ての殺人は背後から包丁や金槌やハサミで襲われる。輪花も背後から消化器を振り下ろす。西山警部補(真飛聖)は最後に呆然となって振り向く。そして衝撃のラストカットのカメラ目線への振り向きで本作は終わる。
本作はだんだん「見上げる」映画になっていくのが面白い。恐怖が上下からやって来るからだ。垂直の力学が作品を侵食していく。突如上から背後に落下する死体。カメラは戦慄の真俯瞰ショットになる。さらに首吊り。あるいは屋上の輪花とトムの場面も印象的だ。内田監督はこの屋上をさらに上から俯瞰ショットで描くのには驚いた。高さでいえば階段も頻出する。圧巻は劇内映画のビリー・ワイルダーの「サンセット大通り」の名高いラストの大階段である。
クライマックスも上下や背後のオンパレードだ。影山(金子ノブアキ)が見上げる、輪花も見上げる、恐怖の天井!背後からのアタック、階段のアクション、そして馬なりになっての上下の死闘、背後からの消化器、輪花の上からの殴打!そして真俯瞰ショット、倒れているのが磔刑に見える、周りに散らばる消化器、タイヤ、マンホール、「円」だらけだ。
「見上げる」動作が戦慄なのが節子(斉藤由貴)だ。節子がフッと空を見上げた時、本作の胆をわかっているなとゾクリとした。さらに節子が手の血を見つめて、フッとまた宙を見る、マリアの聖母子像が示される、垂直の力学を構築する内田監督の剛腕に魅せられた。車椅子の美知子(片岡礼子)と輪花の会話は座りと立ちの「見上げる」「見下ろす」上下の構図になる。
「赤」の使い方が巧妙だ。血や赤いドレス、靴。赤いドレスは見事な仕掛けになる。
本作はおびただしい「写真」や「画面」の映画である。マッチングアプリの画面、結婚写真、バツ印を刻まれた犯行写真、送られてくる不倫の写真、遺影、遺品の親族写真。
「つきまとう」こと。複数の愛情と復讐のラインが本作では交錯していく。
カラーシネスコ。