シミステツ

怪物のシミステツのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

シングルマザーの早織の目線、学校教師の保利の目線、そして湊と依里の目線、真実と嘘の狭間に潜むふたりの確かな友情。家庭と学校、そして友情をテーマにミステリーのような形で真実に迫っていく構成は面白かった。一つの事象を異なる視点から多面的に描くという手法は『羅生門』的。

早織の目線で展開するシーンでは、湊はイジメを受けていて、担任教師である保利による体罰、そして学校の杜撰な対応が浮き彫りとなる。早織目線では明らかに保利や学校側が怪物であるし、校長先生が教師からバインダーに書いてある文言を見せられ読み上げながら対応する様は明らかな政治批判。国会答弁によく見られる首相と官僚の間柄のようで滑稽だった。

一方の保利の目線で展開するシーンでは、保利は本の誤植を見つけては出版社に送りつけるような趣味を持っていたり、彼女とのやりとりを見る限り少し変な人間であることには変わらないが、生徒思いの教師で、湊を殴ったという事実もない(むしろ仲裁に入っている)し、そもそも噂になるようなガールズバーにも行ってない。早織が学校にやってきた時には釈明したいと申し出るも他の教師から湊がイジメに関与している事実が出るとシングルマザー家庭において進学が難しくなるといった忖度から、その場をやり過ごすようにされたり、真実の裏には小さな嘘や思い違いが積み重なって歪曲して伝播していたりする。

切り落とされた髪、水筒に入った土、片方しかない靴、傷跡、トイレに閉じ込められた依里の近くにたまたまいた湊など、それぞれには各人の真実に近づくためのバイアスがかかってしまう。きっかけは些細な悪気のない嘘だったりもするし、それぞれ単体で見た時に悪と断言できるものは本当は少ない。真実は真実側の人間から隠されたりもする。

湊がいじめられていると思った早織、依里が湊にいじめられていると思った保利。でも本当の真実は、いじめられっ子の依里と仲良くしていると思われると良くないと思いながら、二人だけの秘密基地を作って惹かれあっていく湊と依里の確かな愛にも近い友情。怪物を匂わせ巻き起きた騒動が二人の友情に収斂していく様はヒューマンドラマとして純粋で揺るぎない美しさを放っていた。

「僕ね、よく分かんないけど好きな子がいるんだ。人に言えないから嘘ついてる。しあわせになれないってバレるから」という言葉の重さ。

シングルマザーという家庭環境を過敏に捉える学校、豚の脳だと言って依里を貶める親もあれど、家庭環境すなわちしあわせにつながらないということはない。

「誰かにしか手に入らないしあわせはない。誰もが手に入れられるのがしあわせ」

このアフォリズムを校長が言うか、というのはあったし、清高(中村獅童)と校長については、清高の子・依里はとても真っ直ぐいい子に育っているし、校長側にも背景があったりと明確に断罪できないけど、モヤモヤは残る。坂本裕二脚本は構成に生きていたというか、坂本脚本の言葉の強さみたいなところは少し抑えられていて上手く是枝色と解け合っていた印象。