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君たちはどう生きるかのふじたけのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
5.0
 これはおそらく宮崎駿個人の話、それも映画制作の話であるのは間違いない。しかし、個人の話に留まらず、人間社会、そして人間の抑えきれない想像力と物語についての話にもなっている。
 フェリーニ「8 1/2」のオープニングで空から浜辺に落ちるマストロヤンニのシーンがそっくりそのままあったように、これは駿版「8 1/2」ともいえよう(自分のうちに閉じこもる主人公という設定も似ている)。ただフェリーニの想像力はあくまで芸術家と自分の欲望という個人的な狭い範囲に留まったのに対し、宮崎駿の想像力は個人のレベルを超え、この世界の成り立ちまで、あらゆるイメージをない混ぜにして、縦横無尽に駆け巡る。
 突然自分の心の中に落ちた隕石の秘密に導かれるまま芸術に憧れ、その世界で羽ばたこうとしたが、羽ばたけなかった者たち。運良く羽ばたけたとしても、すでにある作品や悲劇に喘ぐ人たち、これから言葉になろうとする感情たち、そして一緒に作品を作る仲間たちを食い散らかし、自分の中にある塔を守るため人を殺しながらも、心の奥底に迫ろうとする者たち。社会不適合者の彼らはそうやって生き、倒れていく。またあのシーンはこうも取れる。生まれた時から銃しか与えられず、生きるため戦うしかなかった者たち。彼らは何も悪いことをしてなかったが、社会から糾弾され殺される。ここで、奇妙であり宮崎駿が天才であるのは、殺す人物が母親であることなのだ。このように、この映画のエピソードからは様々な物語が矛盾しながら立ち上がってくる。
 ラストのシーンもさまざまな解釈ができるシーンだろう。あれは映画を作る工程とも言える。映画を作るには、色んな形をしたとびきりの素材を遠く離れた無数のところから集め、それは完璧なバランスで作る必要がある。また、これはこの世界の権力者、創世者の苦悩でもあるし、我々個人の世界観の話ともなろう。あそこで出てくる王様は、無知な大衆を代表し、彼らの意見を汲み取って作品を制御するプロデューサーともいえるし、トランプのような人物ともいえる。
 目の前のものを真剣に見ては描くだけでなく、膨大な物語と歴史を学んできた宮崎駿の心の奥底には、複雑怪奇に絡み合う広大な根が張り巡らせれている。個人の話を語ろうとしても、その根から吸い上げられた無数のイメージが一挙に噴出すので、全ての創造物が幾重ものイメージを纏って生まれ出してくる。想像力で今まで誰も到達できなかった世界を生み出すことに成功した作品、それが「君たちはどう生きるか」である。
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