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インフィニティ・プールのarchのレビュー・感想・評価

インフィニティ・プール(2023年製作の映画)
4.1
クローン制度のSF的な面白さよりかは、そもそもその金持ち優遇の法制度自体に本作の根本的なテーマと結びつくところがあるので、そこに期待してると満足度が足りない気もする。


本作における死罪を大金によってクローンに身代わりにさせるという法制度は、現実における観光地における金持ちの傲慢さが、観光産業におけるアンバランスな利害の一致によってなされていることのメタファーとして機能する。観光地側もそのお金を落とさせる制度を制定し、その程度のお金が痛くも痒くもないお金持ちはそれを思う存分に利用する。植民地主義的なパワーバランスを可視化させるためのSF設定であるのだ。

加えてその設定は、自己との対峙、そしてその先に人は責任や罪を切り捨てられるのかという問いの為の手段になっていく。
「悪は存在しない」において、都会の人が観光地にストレスを吐き捨てに来るという旨の台詞があったが、本作における金持ち達の仕草はまさにそれ。
そしてなにより恐ろしいのは、あれだけの所業をしながらも日常生活に平気で戻れてしまうという部分だ。彼らはクローンに代替させることになんの罪悪感も湧かない、自己の責任や罪を切り捨てることが容易な存在なのである。
なんならオリジナルか否かなどに一切の懸念すらしないのだ。

対して主人公は"自己"に対峙させられていく。死刑執行される自分と観戦席の自分、その距離で麻痺していた感覚から醒めて、主人公は自己に対峙していく。おもちゃにされている自分やペットにされている自分、それは彼が無自覚だった金持ちに玩具にされ、ペットのようにして扱われていた道化のような自分の姿なのだ。
彼は玉の輿であり、彼自体に資産はない。にも関わらず彼は自分を富裕層側だと錯覚しており、その事に対峙させられるのである。また暴かれるのはその偽金持ちの側面だけではない。「小説家」としての側面においても彼は否定され、実際何も持っていないことを痛感させられるのだ。
他にも彼の情けない男性性についても滑稽に描かれていて、ミヤゴスとの不倫は筒抜けだし、おっパイは吸うし、特に手コキシーンは自分史上最も直接的な描写をした場面で、情けない滑稽な"男性"が描かれている。

何故彼は飛行機に乗らず、リゾートに戻るのか。そこには上記した彼が自身の罪や責任を切り離すことの出来ない常人だったということや、自分が何も持ちえていないことに気づき、もう以前のように「金持ちのヒモ」に戻れないのだ。
金持ちの悪性、そしてそこにすら属せず、自身の居場所を完全に見失った男の物語として、自分は非常に楽しんでみることが出来た。
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