空中から撮影されたジョージアの手付かずな自然風景、なだらかな緑の山々と広大な美しい自然、そして世界遺産スヴァネティの尖塔。豊饒なジョージアの魅力がイオセリアーニによって魅力的にモンタージュされて行く。東欧の中でも最も大学進学率の高い国ジョージアでは主な芸術はバレエやオペラで、イタリアや中東に挟まれた地政学的な意味合いや宗教などから独特の歌が生まれる。バルコニーが道路側に面した特殊な建築物はしばしば観光客を呼び込み、ジョージアの人々は今日もテーブルを囲みながら赤ワインで乾杯する。94年当時、豊饒なジョージアの土地は危機にさらされていた。89年のペレストロイカによりソビエト連邦が崩壊を迎え、ジョージアでも政治的混迷の中で内戦が勃発。数々の死傷者を出した。民主的に選出された最初のグルジア大統領ズヴィアド・ガムサフルディアに対する暴力的な軍事クーデターは熾烈を極め、コーカサス地方の風光明媚な土地を多数の血が流れる戦地へと変えた。今作はオタール・イオセリアーニの祖国への想いが驚くほど冷静な筆致で現わされている。その収録分数は第1部90分、第2部69分、第3部86分で総計4時間強の尺の中に、愛する祖国を奪われる不条理が浮かび上がるのだ。
20世紀末までの政治的・文化的歴史は圧巻の一言に尽きる。ジョージア発のバレエ・ダンサーであるニノ・アナニアシヴィリの華麗な動きとバレエやオペラ、そこにテンギズ・アブラゼの『懺悔』をはじめとするジョージア映画の歴史的傑作群が歴史を補強する形で付け加えられて行く様子は見事という他ない。正に精巧なパズルのピースを要所要所にバランス良く組み込むイオセリアーニにしか出来ない精巧な筆致だ。宗教的な声楽はジョージア人男性の表情のクローズ・アップと共に土着的に記録されて行く。イオセリアーニの映画はまず何よりも現実に流れる音に端を発し、音がそこに住む人のペーソスを何よりも物語るのだ。昔からシルクロードの戦略用地として戦火の絶えないコーカサス地方のこの土地は悲劇の土地だが、何よりも人々は歌とワインを楽しみ、優雅に語らい、小さな幸せを積み上げて行くのだが、そこにペレストロイカやベルリンの壁崩壊などの世界情勢の映像が苛烈にモンタージュされ、悲劇的な民族紛争に雪崩れ込んでいく。トビリシ事件の異様さはゴルバチョフの思惑を外れ、東欧諸国では多くの血が流れたことはセルゲイ・ロズニツァの一連のドキュメンタリーにも明らかだろう。スフミ陥落という大きな悲劇は国民に深い喪失感をもたらした。今作にはイオセリアーニのジョージア人が育んだ豊饒な文化への憧憬と同時に、尊厳を奪おうとする権力への怒りが露になる。ロシアのウクライナ侵攻が行われる今だからこそ、東欧の歴史に思い巡らす傑作ドキュメンタリー巨編だ。