ゆうりとまことはバイト。
業務内容は儲からない弁当配達と殺し。
傷つきながら決死の思いで依頼をこなしても、打ち上げは1000円の焼肉定食。
もう限界だと項垂れていたその席で、アシスタントのおっちゃんから面白いネタを小耳に挟む。いわく、「殺し屋を殺せば、枠が空いて正規の殺し屋になれる」らしい。そして、おっちゃんはもう一つ教えてくれた。いわく、「台東区に殺し屋が住んでいる」らしい。
そいつらの名前はちさととまひろ───。
シリーズ第二弾。
時系列は第一弾より後ろ。
前作を観なくても大丈夫なくらいの内容ではあるけれど。
軽快な掛け合いはいつも通り楽しく、社不ムーブと漫才を重ねてました。アクションも良かったですね。
前作では「殺し屋社会」と一般社会を共有することになったちさととまひろの2人がそれぞれの苦悩や気づきによって、自然体の自分でいられる場所として「殺し屋バディ」を大切にしていく軌跡が描かれました。
本作は、ちさとまひろバディとは異なった理由によって苦しんでいる兄弟、ゆうりとまことが描かれました。「協会に雇用されたプロの殺し屋で衣食住満ち足りているが一般社会に適応できない」彼女たちとは異なり、非正規で安定した収入のない彼らは衣食住満ち足りていないため、元々暮らしていた一般社会で生きていくことができない状態にあります。
前作が彼女たちの一般社会への適応を苦しみを描いているのなら、本作は前作のそんな苦しみや悩みを「彼女たちはある種贅沢なのである」と言っているようにさえ感じてしまいます。
彼女たちが謹慎となり一時的な金欠である状況で兄弟を登場させることで、彼らの貧困がより鮮明に感じられ、全編を通じて、ちさととまひろと、ゆうりとまことの共通点もある両バディを対照的な存在として描きました。
日当を無謀な賭け将棋に繰り返し費やすちさとに対して、まひろが「嘘をつかれたのが嫌だ」と言って喧嘩したシーンは、彼女たちの性格をよく表しているようにいい場面に見える一方で、おそらく住居をもたないから自炊すらできない(する暇がないのかもしれません。)兄弟の状況を思うと「なんだかんだ余裕だな」と感じてしまうのです。彼女たちが叫んだ「金欠だ!!!」と彼らが敢えて口にも出さない金欠は同じ言葉でも異なった響きがあります。
一般社会で暮らしていなくとも満足いく生活をしている社不の2人と、一般社会で育ち弾かれそうになって命を賭した勝負をするしかなくなった兄弟のどちらに正義があるのか。
その是非を殺し合いに託すのが「殺し屋社会」であることも、彼らは理解していたのでしょうが、厳しいものですね。どちらの社会も。