マインド亀

ザ・キラーのマインド亀のレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
4.0
デビット・フィンチャーが紡ぐ、超人的ではないが超一流の殺し屋の新しいタイプのお仕事映画

●めちゃくちゃ面白かったです。
ここ最近、『ジョン・ウィック』や『イコライザー』など、超人的扱いを受け神格化されている「殺し屋」というお仕事。ですが、この映画の前半では、依頼されたターゲットを狙撃するために向かいのビルで何日もひたすら待つのみ。どれだけ地味で退屈で苦行の様なお仕事かを思い知ることができます。
狙撃をミスらないために、スマートウォッチで心拍数を測り、睡眠は小刻みに行い、ルーティンのストレッチは欠かさない。ターゲットの部屋を常に仰視し、ほとんど食事は取らない。
淡々と移されるドキュメンタリータッチな殺し屋の、日常とお仕事の準備風景に、延々と流れるモノローグ。
このモノローグがなんというか、哲学的になりすぎず、感情的になりすぎず、ドライでウィットに富んでて癖になりました。聞き慣れない固有名詞もたくさん出てくるので、鑑賞後についつい調べてしまう程です。
例えば、「マクドナルドはフランス全土で1500件 安くタンパク質を摂るにはいい場所だ 毎週4600万人が利用する」「エアビーが好きだったが 今は違う 監視カメラはごめんだからね」「クレアチンの30日間待機は賢明かもしれない」「ジフェンヒドラミン入りです。アレルギーなら摂取しないように」
と、ちょいちょい殺し屋的ライフハックを教えてくれるのですが、決して第四の壁を超えて我々に語りかけて来るのではなく、あくまでも彼の脳内の独り言である点が肝なのだと思いました。
現実には無口な彼が、殺しの遂行中では饒舌にジョークやライフハックを脳内で喋りまくっているこのギャップがこの映画の楽しさの半分以上だと思います。

●そして決定的なミスを境に、披露とともに彼の思考と行動がどんどん乖離していきます。まるでコメディだと言っても過言ではないかもしれません。
公共の場で眠るということはしなかったであろう彼が、最後には疲労によってフライト中に睡眠を取ってしまったり、犬に盛る毒の量を見誤ってしまったり、姿を現さずに殺せるはずのティルダ・スウィントンの眼の前にわざわざ現れ、彼女の熊の話に耳を傾け、すすめられたウイスキーを飲んでしまったりする始末。心の中の規律と現実の行動に乱れが出てくるところに、殺し屋は超人ではなく、我々とは変わらない人間なんだと思わせてくれます。

●彼が淡々と関係者を殺していくために準備していくさまは、どことなく『ジャッカルの日』のジャッカルを思わせてくれました。もし『ジャッカルの日』にジャッカルのモノローグをいれるのであれば、彼は「金持ちの未亡人ほど危険な男が好きだ」などと言っていたのでしょうか。おそらく、モノローグをつけると途端に駄作になるような気がするのですが、本作ではこれが癖になる。『孤独のグルメ』のような味わいと言われるのもよく分かる作品でした。

●ラスボスも、ただ単なるマーケット投資家っていうのが面白いですよね。恐らく市場の操作のために、人を殺すことを厭わない。でも、それはあくまで単なる業務の発注であって、殺される人間と殺す人間が現場にいることには全く無関心。ミスしたキラーを消すということも、憎しみを込めて殺しにかかると言うより、単に「そうしろと言われたから」。
この無関心が、時に稀なケースで牙をむく。痛快ではありますが『ウルフ・オブ・ウォールストリート』よりも短絡的な「悪」で恐ろしい世の中だと感じました。

●そしてシーンはどれをとっても完璧と言っていいくらいの構図。さすがのデビット・フィンチャー。画面の美しさと安定感に息を呑まざるを得ません。映画館でみておけばよかった…ぜそんな作品でございました。
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