メシと映画のK佐藤

ナチスに仕掛けたチェスゲームのメシと映画のK佐藤のネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

SNSで予告編を目にした時から面白そうと感じた本作。
その予感は見事的中。
巧みな話の組立、キャストの演技…素晴らしい出来で、文句無しの満点でした。
ほんの数本しか観ていませんが、ドイツ映画は他国の映画とは違う面白さを秘めていますよね。
凄いなー…。
尚、本作は世界的なベストセラーを原作としており、過去には映像化された事もあるそうです。
それらは未見なので、本作との比較等は出来ない事を御承知おき下さい。

過去(主人公がホテルに監禁されている間)と現在(アメリカ行き客船内)が交錯する作りかと思わせておいて、実は現在の描写は過去が原因で生み出された主人公の妄想の産物であったと云う作りが、個人的に素晴らしかったです。
「アイデンティティー」や「シャッターアイランド」に通ずる巧みな作りですが、本作はそれに加えて妄想の世界の生まれた要因にドイツ映画にしか込められないであろうナチスに対する怒り・平和への想い・文化の大切さ等の作り手側のメッセージが込められていて中々に見応えがありました。
・ゲシュタポに時間を把握出来ず最低限の家具しか置かれていないホテルの一室に一年間監禁(この監禁期間は最終盤で明らかにされます。)された主人公は妻の顔さえも忘れてしまう(ラストで収監されている精神病院の看護師が主人公の妻と同じ演者→現実と妄想の区別がつかなくなってしまっている。)程に身も心もズタズタにされてしまう主人公。
・そんな主人公がかろうじて精神の均衡を保っていられたのは、ゲシュタポの目を盗み入手したチェスの教科書に夢中になっていたからであった。
尚、監禁前迄文学を愛する主人公はチェスに全く興味が無かった。
・主人公が客船内で対決するチェス王者は主人公を尋問したゲシュタポのヨーゼフと同じ演者であり、チェスの対決はヨーゼフが公証人である主人公の管理するオーストリア人の銀行口座の暗証番号を聞き出す尋問の攻防の隠喩(主人公の妄想)であった。
・そのチェスの勝敗が主人公の王手で終わる=ヨーゼフが差し出した暗証番号を記入する用紙に、主人公は上述の教科書から暗記したチェスの全ての手を記入する事により、ヨーゼフに暗証番号聞き出しを諦めさせた。
チェスの醍醐味は相手のエゴを粉微塵にする事と本作冒頭でヨーゼフは語るのですが、主人公はヨーゼフとの暗証番号を巡る心理戦に勝利し、正にヨーゼフのエゴを粉微塵にするのです!
この様などんでん返しの理由づけは、ドイツ映画でしか描けないと思います。
上述していますが、一人二役や主人公の客船の船室と監禁されていたホテルの部屋番号が同じである事等、伏線張りも見事でした。

文学を愛する主人公は監禁時にあらゆる書物と接する機会を与えられずに発狂しかけ、そんな彼の精神をぎりぎり正気に繋ぎ止めていたものがチェスの教科書であったと云う描写から、娯楽や文学をと云った文化が如何に大切であるかを改めて教えられました。
今迄は当たり前の様に享受出来ていたこれらの大切さを伝える作りは、2年前に鑑賞した「返校」に通ずるものを感じました。

本作で主人公を演じたオリヴァー・マスッチは、本作同様個人的に大当たりであったドイツ映画「帰ってきたヒトラー」のヒトラー役であった方だと知りびっくり。
彼が今度はゲシュタポに取り締まられる側を演じた事に、何か運命めいたものを感じてしまいます。