かたゆき

コット、はじまりの夏のかたゆきのレビュー・感想・評価

コット、はじまりの夏(2022年製作の映画)
3.5
自然豊かなのどかな田舎町で家族とともに過ごす9歳の女の子、コット。
その大人しい性格のせいで学校や家庭でも孤立しがちな彼女は、いつも一人で過ごしている。
牧場を営む両親は牛の世話や農作業に追われ、娘のことなどほったらかし。
そんななか、現在妊娠中の母親の出産予定日が近いということでコットは親戚の老夫婦の家へと預けられることに――。
僅かな荷物だけを手に、同じく牧場を営むというその老夫婦の元へと連れてこられたコット。
慣れない生活と人見知りのせいで当初は固く心を閉ざしていた彼女だったが、夫婦のさりげない優しさや気遣いにふれ、次第に打ち解けてゆくのだった。
そんなある日、老夫婦もまた、哀しい過去を背負っていることを知ったコットは……。
アイルランドののどかな田舎町を舞台に、人とは違う多感な少女と老夫婦のひと夏の交流を瑞々しく描いたヒューマンドラマ。

正直、この映画に新しい部分は一切ない。
これまで何度となく描かれてきた、親戚の家に預けられる大人しい女の子というお話。
昔の名作小説や、世界名作劇場のようなアニメで何度も観てきたような内容でとにかく既視感しかない。
主人公を迎え入れる老夫婦なんて、もはやスタジオジブリの実写化なのかなと思えるくらいだ。

でも……、ここまで丁寧に演出されるとテーマが普遍的であるがゆえ、やはり心に響くものがある。
横柄で男尊女卑な昔ながらの父親が支配する家から逃れ、自由で優しい世界を初めて知ったコットが次第に心を開いてゆく一連のシーンは流れが自然なこともあり、気づいたらこのコットという少女を応援せずにはいられなくなっていた。
アイロンがけや料理など丁寧に家事を教えてくれるおばあさんや、寡黙で一見怖そうだけどたまにお菓子を置いていってくれるおじいさんなど、さりげない描写の数々が光る。
緑豊かな田舎町の美しさも相俟って、この詩情溢れる世界にいつまでも浸っていたいと思わせるのはこの映画の力なのだろう。

やがて明かされる老夫婦の哀しい過去。
コットが、最初は男の子の服ばかり着させられていたことや井戸には気を付けてと何度も言われたこと、勝手にいなくなったら物凄く怒られたことなどが思い起こされ、何とも切ない気持ちにさせられる。
コットを演じた、これがデビュー作とは思えない少女の繊細な演技がとにかく素晴らしかった。

そしてやってくる別れのとき……。
このひと夏の経験は、コットのこれからの長い人生できっと忘れられない思い出になった。
人生の終盤を迎えた老夫婦から、これからはじまりを迎える少女へと受け継がれる物語のバトン。
新味は一切ないが、人生のきらめきを詩情豊かに切り取ったこのクラシカルな物語を僕はいつまでも忘れることはないだろう。
かたゆき

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