不乱苦

マリウポリの20日間/実録 マリウポリの20日間の不乱苦のレビュー・感想・評価

5.0
本作は、昨年日本でもテレビ放映されていたという。そちらは未見だが、映画館という限られた空間と、劇場のスクリーンという限られたフォーマットで観ることで、映像の持つ力の強さと弱さが剥き出しになり、映像とは何かを突きつけられるような気がした。

映像は、目を覆いたくなるような情景でいっぱいだ。監督は劇中で「観るに耐えないが、そうでなければならない」といったようなナレーションを入れているが、マリウポリに起こった悲惨極まりない現実をあるがままに捉えた全てのカットから、恐怖と悲しみが観客に容赦なくぶつけられる。監督の目線で現場に入り込むような現実感に震えてしまう。

一方で、BGMの使用や巧みなカット割りによるものなのか、「映画」として観ている瞬間に、心が急にスクリーンの中の現実から離れてしまいそうになる。ふと戦争映画かアクション映画でも観ているような錯覚に陥り、そんな自分の薄情さに、別の恐怖を覚えてしまうのだ。

本編中、監督が撮った映像が世界のメディアで取り上げられると、ロシアが「フェイクニュースだ」と必死に反論するくだりがある。さて、これは反証可能なのだろうか。いや、いっそフェイクニュースであってほしい。複雑な想いが交錯する。

監督は本作がアカデミー賞を受賞した際に「おそらく私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう」とコメントしたそうだが、本作にはそんな監督の葛藤がナレーションの随所から溢れ出ている。こんな映像を撮ったところで何も解決しない、マリウポリに残った人々を見捨てて逃げ出す自分……戦場カメラマンには必ずついて回る葛藤と言えるだろうが、それは観客にも伝播する。安全な空間から柔らかいソファに腰掛けて、眉間に皺を寄せ、涙を流しながら2時間だけの擬似体験をし、劇場を出れば平和極まりない楽しく明るい日常が帰ってくる。この映画を観たからと言って、自分に何ができるのか。こんな映画を観ている自分は立派だとアピールでもしたいのか。

映画はあっという間に終わった。戦争はあれから2年以上経過したにもかかわらず終わりが見えないというのに。
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