とこ

夜明けのすべてのとこのネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

冒頭シーンから、最高!って感じ。なんでもないアスファルトを映し出す辺りのセンスも監督らしくて素晴らしいし、やはりケイコの時と同様、16ミリのフィルムカメラで撮られた絵は味があっていいな、、、とうっとり。音楽も同じ方達が担当されていて、世界観にぴったりでよかった。

藤沢さんのシーンからスタート。
土砂降りの中、PMSの症状で横たわってしまったところを警察の方が保護してくれて、親が迎えにくるシーン。私はPMSではないし、周りにも公言している人もいなければ、私が気づいてないだけかもしれないけど、藤沢さんのような人はいないから、見ていて「そこまで?、」と疑ってしまう自分がいた。それが情けないというか、本当に苦しんでいる人もいるのに、そんな風に疑ってしまう私のような人がいるからこそ、本人たちは辛いんだろうなと思った。
他にもイライラしているシーンはあるけど、そこまで抑えられない?!いつもと人がまるで違うじゃん、、と信じがたい光景が広がっていたけれど、これが本当にある人もいるんだろうなと考えさせられた。
北斗が言ってた、山添と藤沢が初めて出会うシーン。観てからだいぶ後に、あれが舞台挨拶で言ってたシーンか!と気づいたけど笑。あの少しのシーンだけでも、2人の人間性というか、空気感が分かるのはすごいなと。山添のあの素っ気ない感じ。それと藤沢のいい人な感じが、いい具合に会話で混ざり合ってよかった。
山添君は、本当に北斗でよかったなと観ている途中でも、観終わった今でも感じた。北斗以外だと山添君は山添君にはならなかったし、北斗自身が持ってるあのツーンとした感じというか、基の根の部分で少し通ずるところがあるから、それが絶妙にマッチしていて、本当によかった。素晴らしかった。そして、監督が三宅監督で本当によかったともつくづく感じた。
パニック障害のことは周りに言っていないけれど、職場の人がみんな自分より年上で、いい人たちばかりだから、冷たくて素っ気ないように見えてしまう山添君でも受け入れられて、アットホームな職場なんだろうなと感じた。同世代の人も多くてとか、普通の職場だったら絶対にみんなから嫌われてるだろうから、この職場が今の山添君には合ってるなと思ったし、私もあんな職場があれば働きたい!と思ってしまうくらいよかった。
発作のシーンは、原作を読んだ時映画ではどこまで忠実にやるんだろうと気になっていたが、パンフレットのインタビューにもあったように、監督や監修の先生が北斗自身への最新の注意を払って撮影していたことを知って、サポートが素晴らしいと感服。発作を演じることで、北斗自身も実際に発作が起きてしまう危険性があったそうだが、周りの人たちが緊張感と責任感を持って撮影したそうで、三宅組は素晴らしいなと改めて思った。私も、この映画で山添君役を北斗が演じると知った時に、本人がだいぶ繊細そうだからパニック障害の役に北斗自身も引っ張られそうで怖いな、、大丈夫かな、、、と正直心配だったのでただただガムシャラに役を演じるのではなくて、そのような周りのサポートがきちんとあった中で撮影に取り組めたのはよかったなと思う。
山添と藤沢の会話は、北斗と萌音ちゃんのセンスにかかっていたというか、テンポ感や間だけではなくて、話している時の仕草だったり行動だったり、全てが重なり合って作り上げられる独特の雰囲気だと思うから、それを見事にやり切った2人には拍手を送りたい。正直いうと、病んでる役というか、何かを抱えている役というのはそれ風に演じることは割と簡単ではあると思っていて。でもそれを、表面上だけで苦しんでるとか病んでるっていう風にするだけではダメだし、本作に至ってはそれでは全く作品の雰囲気にはつながらない。1人ぼっちで苦しいな、ではなくて誰かと関わって生きていく中でやっぱり辛いし、誰かと関わることで助けられることもあるし。ことを押し付けがましい感じではなくて、ふんわりと教えてくれるような映画や原作であるからこそ、ワンシーンワンシーンに対する熱量や考え方、試行錯誤が必須であるよな…と、観終えた後より強く感じて。それを踏まえた上で、全キャスト含め、特に北斗と萌音ちゃんは観ている観客に役自身のこともそうだし、作品全体から考えたり学んだりすることができる演技をされていたから、それはそれは素晴らしい役者同士だなと思った。
特に、発作後に早退して、山添の家の前で藤沢と2人が会話するシーン。お互いが、パニック障害とPMSであると認識し合ったが、そこで藤沢が発した「お互い頑張りましょう」という言葉に引っかかってなかなか話さない山添が、絶妙で。多分、山添自体元々頭がいいから曖昧だとか自分が納得いかないことに対して割りかし突き詰める性格ではあるのかなとは思ったけど、あんな風に冷たくというか怖い感じで「え、でも僕とあなたの病気とか症状って全く違いますよね。一緒にできなくないですか?」みたいに迫る感じが、あのテンポ感というか話し方というか、全てが北斗にしかできないな、、、すごいなこれ、、、と驚いた。なんとなくでサラッと言った一言にここまで突っかかられる藤沢さんも可哀想だなとは思ったけど、山添君からしたら、PMSなんかより自分のパニック障害の方がもっと辛いんだけど…一緒にすんのやめてくれない?という、「病気にもランクがあるんだね」と言った藤沢さんのセリフ通り、病気で苦しむ同志にはしてほしくない感じが前面に出ていて本当にいいシーンだった。
男女という組み合わせだと、やはり恋愛ごとを連想しがちではあるが、人には言いづらい病気のことを、同性の友達ではなくて、同僚である異性同士が助け合っていくという構成が良かった。異性だからこそ生まれる空気感だったり、恋人ではないからこそ逆にとことん話せる…みたいなのは見ていて、こんな人がいたら心強いなと思わせてくれた。パンフレットのインタビューにもあったけど、2人はお互いに別々の道を歩いていくし、いい意味で過去の人になった。これから先、連絡を取り合ってまた会うことはないだろうけど、でもそんな助け合えた同志が人生の辛い時期にいたからこそ、それぞれの道でまた生きていくことができるんだなと思うと、人生って素敵だなと感じた。だからこの先も、ふとあの時のことを思い出してみたりして、あーだったなーとかちょっと考えたりして、また明日からそれぞれの環境で過ごしていく。決してまた支え合っていくことは無いと思うけど、一回でもそんな人に出会えて、相手に支えられて、助けてあげて。生きていくのは辛いかもしれないけど、人の心の温かさに触れたことで感じられた優しさだったり力を、ちょっと思い出してみたりしながら、ゆっくり生きていくんだな…とぼやーんとした感じではあるんだけど、人生案外捨てたもんじゃ無いなと思わせてくれる作品だった。
特別悲しい気持ちになったり、感動したりとかはなかったけど、でも観た直後もそうだし、時間が経った後もそうだけど、なんかやっぱりいいなって。その作品の世界観であったり、その世界の温度だったり匂いだったりが、心地いいな。世界は私が思っているよりもずっと優しいんじゃ無いのかな、とかを、はっきりとした輪郭ではなくても、ぼやーっとじわじわーっと心に沁みてくるような作品は、やはり三宅監督じゃ無いとできないなと、改めて感謝と尊敬の意を表したい。
とこ

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