耶馬英彦

夜明けのすべての耶馬英彦のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.0
 なんだか幸せな映画だ。幸せは、日々移り変わる世の中の、平安で充足した時間のことだから、今日は幸せでも明日は不幸になることがある。朝は幸せでも夕方には不幸になることもある。過去は変わらないし、未来のことは分からない。まして持病があると、いつ発作が起きるかわからないから、気の休む暇がない。平安で充足した時間など、永遠にやってこない気さえする。

 本作品の二人の主人公は、それぞれパニック障害とPMSを抱えている。幸せとは縁のなさそうな二人だが、互いに協力したり、それぞれに工夫したりして、発作と向き合うようになる。主人公以外の人々はというと、家族を亡くした喪失感をいつまでも引きずって、隠れて悩んでいたりする。
 悩みを持つ人は、他人の同じ悩みを理解できる。同病相哀れむというやつだ。想像力次第では、違う悩みでも理解できることがある。または、理解できなくても、優しく接することができることがある。思い遣り(おもいやり)は、字の通り、思いを遣い(つかい)に出すことだ。他人を理解しようとすることは、そのまま思い遣りに通じる。優しさと言ってもいい。

 本作品は、自分のことだけで精一杯だった若い二人が、人の優しさで生かされていることに気づき、やがて人に優しくできるようになる成長物語である。上白石萌音と松村北斗の演技が上手なのと、脇を固める光石研や久保田磨希が空気みたいな自然な演技をしていることで、無理のない話になっている。
 出逢いや別れは、人の世の常だ。いいことでも悪いことでもない。ただ自然に受け入れる。いつかは自分も死んで、この世に別れを告げなければならない。

 現代社会は、自分の利益を求めて他人にマウントを取るような下衆が目立つ。そして実際に儲けている人間はそんな連中ばかりだ。しかし本作品の登場人物のような優しい人たちもたしかにいる。損ばかりしているが、我利我利亡者になって気の休まらない思いをするよりは、よほど幸せな時間を過ごすことができるだろう。そんなふうに思うことができて、よかった。
耶馬英彦

耶馬英彦