すずき

窓ぎわのトットちゃんのすずきのレビュー・感想・評価

窓ぎわのトットちゃん(2023年製作の映画)
3.8
昭和10年代の日本。
トットちゃんこと黒柳徹子は、落ち着きのない多動の子で、小学校の教師にも匙を投げられ退学となる。
トットちゃんが次に通った小学校は、トモエ学園という少し変わった学校。
そこは廃列車を教室とし、生徒が自分で学びたい教科を選んで、自由に学ばせる方針だった。
トットちゃんはそこで、小林校長先生や小児麻痺で半身不随の男の子・泰明ちゃんと出会い、かけがえのない経験をしていくのだが…

タレント・黒柳徹子氏のベストセラー自伝をアニメ映画化した作品。
黒柳徹子氏はこの作品の製作にかなり力を入れたようで、世界に戦争の影が増している現在に、第二次世界大戦中を舞台にしたこの作品を発表した意味を考えさせられる。
第二次世界大戦の当事者本人が伝える作品は、おそらく今後もう出てこないだろう。
そういう意味でも貴重な作品。
同じ時代を描いたアニメ作品として、「この世界の片隅に」もあるけれど、個人的にはこちらの方が好き。

この作品で描かれる人間は、子供も大人も男も女も、アイシャドウとチーク、口紅をつけたようなキャラクターデザイン。
黒柳徹子本人もかなりの濃いメイクなので、彼女の世界観の人間は皆こうなのかなぁ、と考えたり。
あと劇中の夢や空想を描いた、パステルや切り絵で表現された現実離れしたアニメーション表現も良かった!

ストーリーはしっかりした目的に向かうようなものではない。
強いて言うなら、泰明ちゃんとの友情が縦軸なんだけど、基本的にはトモエ学園での体験を描いた日常系作品。

後半、戦争の暗い影が日常を覆っていくが、だからといって悲劇的になり過ぎない所が良かった。
戦争体験を語る時、多くの場合はドラマチックに戦争の恐怖を伝えられる悲劇ばかり取り上げられるが、そこだけを強調するのはまた弊害があると思う。
「戦争」とは、戦地や空襲で人が多く死ぬ事だけではない。
前にも書いたかもだけど、某中学生YouTuberが「広島は原爆を落とされるまで平和だった」と誤解した発言をしていた。
しかしそうなる前から広島でも東京でも、「戦争」は始まっていた。
徐々に価値観や生活が変わっていき、社会全体が息苦しくなっていく、それも「戦争」の一面だ。
現在の日本はまだ「戦争」と宣言されていないだけで、未来の歴史で「戦争の時代」と語られる時代に入っているのではないだろうか。

劇中クライマックスに、トットちゃんは大きな喪失を経験するが、それは戦争とは無関係のものだった。
その事を戦争の被害者、と脚色して描く事も可能だっただろうけど、それをしなかった所がフェアに感じた。

そしてトットちゃんは、大通りでの戦地へ送られる兵隊達のパレードを駆け抜け、脇道に入り傷痍軍人や家族を失った人のそばを駆けぬける。
脇道にいる人を見過ごしてはいけない。
それは普通の小学校から脱線し、トモエ学園という脇道を歩いたトットちゃん達の事でもあり、戦争の時代にも平和の時代にも大切な、普遍的なメッセージだ。
線路から脱線した車両を教室としていたのは、そういうメタファーもあるのかな。多分偶然だけど。