マインド亀

窓ぎわのトットちゃんのマインド亀のレビュー・感想・評価

窓ぎわのトットちゃん(2023年製作の映画)
5.0
お涙頂戴が溢れる日本映画界をトットちゃんがエグりにエグる!現代こそトットちゃんが居なければならない!

●お涙頂戴感動モノと思っていた自分の顔面を、トットちゃんにタコ殴りされました!!
やべえとは聞いていたけど、こんなに挑戦的で、今の日本映画の問題点と真っ向から戦っているとは思わなんだ…謝るしかない!

●正直、あいみょんが鳴り響く予告の段階では、あまりにも感動のカツアゲをする気満々の映画の予感がしておりました。小林校長の「きみはほんとうはいい子なんだよ」なんて言葉は、その時の私には空虚に響いておりました。
ですが!本当にね、こんな自分を徹子にビンタされたい気持ちになりましたよ!

「きみはほんとうはいい子なんだよ」

これ!こんなに気持ちをわしづかみにされるパワーワードとは思いませんでした。

●もうね、この映画、めちゃくちゃ攻めてます。今の日本映画でヒットとなる『感動』巨編や『反戦』映画に真っ向から勝負してます。
セリフで説明しない、音楽で盛り上げない、主義主張を声高に叫んだりしない。あるのは余白とディテール、表情と動き。
本作を見て明らかに本作が位置すると思うのは、『火垂るの墓』『この世界の片隅に』の流れから来る、市井の人々の暮らしを描き切った作品の流れです。
この時代にいた人々を、『個』ではなく『世界』として俯瞰的に、そして少しだけドライな目で、平等に見つめている。それでいて、登場人物全てがいきいきと「生きている」。そんな描き方をしているのです。

●この作品で、すごく新鮮に映るのは、戦前から戦中にかけての先進的で自由主義的な上流家庭の暮らしです。今までの戦争映画で私はあんまりこういった描写を見たことがありません。トットちゃんのお父さんはN響のコンサートマスター。欧州の生活文化を存分に取り入れ、家具や食生活も現代以上に豊かです。この豊かさっていうのは、決して贅沢だとかそういうのではないです。朝からゆっくりとコーヒーを挽き、新聞を読み、食パンをトースターに並べ、バターやジャムをたっぷり塗る。お弁当には3色のでんぶやグリーンピースが斜めのストライプにのった美しいご飯が入り、デパートでは輸入物の立体絵本を買って覗き込んで楽しむ。確かにこの時代では贅沢なことかもしれませんが、それ以上に時間の使い方や文化の味わい方が今以上に豊かに感じますよね。もし日本がこのまま戦争をせずに発展していけば、世界の文化を採り入れ、自由を謳歌できる真の意味での豊かな国になっていったのかもしれない、と思わざるを得ません。この映画はそういったディテールを本当にリアルに再現し、そこで生活している人々を生き生きと描ききっている。これは明らかに高畑、片渕路線のの後継になるべくして生まれた作品ではないでしょうか。

●こういった色鮮やかな世界が、ある日のラジオ放送を境に急激に色を失っていく怖さ。あくまでも子供の目線で描かれていて、大人たちが何かを話しながら大変なことが起こっているように見えるけれども、そこに子どもたちへの説明はないのです。
なんの説明もなく、登場人物がどんどんと少なくなっていくんですね。そして洋服やお弁当が急激に貧相になっていく。そして子どもたちは「お腹がすいた」と歌を歌う。そしたら知らない兵隊にれる怒鳴られる。本当に説明もなく怖い怖い世界になっていくんです。
私達は、今の黒柳徹子を知っています。知っているからこそ、まだトットちゃんの未来を予測できる。だけれども、もし知らないとしたら、この作品は完全にバッドエンドです。救いのない終わり方です。大人達は完全に生きる希望をなくし、住処を失い、家族を失い、同級生たちもどうなっていったのか全くわからない。
こんなに心をエグられることってありますでしょうか。生き生きとしていた時代を見せつけられていたからこそ、この色のない時代の怖さを感じることができるのです。
子供の目線で見る傷病兵や軍隊の行進、戦争ごっこで殺し合う子供たちなど、戦争のリアルな傷がゴリゴリと浮き出てくるこの怖さ。こういった市井の人々の戦争に対するリアルさを説明なく見せてくる。こういう見せ方がうまいんです。

●そしてこの作品はまた、「教育」について語る作品なのです。トットちゃんの通うこの『トモエ学園』の先進性や多様性、子供の自主性を重んじ、「ダメ」と言わない教育、これこそ本来現代の今のあるべき教育なのではないでしょうか。
普段絶対に人前で怒ったり怒鳴ったりしない小林校長は、ある日子どもたちのいない教室で、若い大石先生に怒りの指導をします。「なぜ『○○ちゃんは尻尾は生えてない?』などと(冗談で)言ったのですか!」と。つまり冗談でも、その子の自己肯定感を失うような発言は絶対にしてはならない、と言って叱るんですね。ここに小林校長の本気さを感じますし、それは我々大人に向けてド直球で叱ってくれているんですね。大人こそが子供に自己肯定感を与えてやれる、好きなことを伸ばしてやれる、それが大事なんだと言ってるんです。本作を観てるとハッとすることばかりが出て来るのです。
また、リトミックという音楽を取り入れた教育を行っているのも、小林校長が切り開いた分野の一つ。今こそこういう学校に通いたかったと思ってしまうのです。
ちなみに、このクラスで、科学実験をする男の子の泰ちゃんは、米国の高エネルギー物理学研究所である「フェルミ国立加速器研究所 」 の副所長・物理部長を務め、仁科記念賞を受賞した山内泰二さん。まさにこの学園の教育の賜物なのです。戦争がなければ、もっと活躍をして羽ばたいていった子どもたちが多かったのかもしれませんね。

●トットちゃんは、いわゆる多動の子供なのですが、この時代のトットちゃんの振る舞いや言動は、そのまま今の黒柳徹子と直結します。なんでも正直に思ったことを言い、やりたいと思ったことを行動に移す。その姿は、『徹子の部屋』で芸人を一刀両断していくあの面白い黒柳徹子とリンクしていくので、観ていて本当に楽しくなります。
テレビが放映されたその日から現代まで第一線で活躍されている、まさに「テレビそのもの」と言っても過言ではない黒柳徹子が、「新しい戦前」とタモリが表現したこの現代に『トットちゃん』を制作するこの意味を考えなくてはいけないのではないでしょうか。水木イズムを受け継いだ『ゲゲゲの謎』もまさに同じ様な作品だと思ったのですが、薄っぺらな「反戦」や「感動」「命を守る」を謳うエンタメ映画が真っ盛りのこの日本映画界にカウンターを喰らわすアニメが出てきて本当に嬉しい限りです。最近の戦中戦後を舞台にした映画で泣いた人達にこそ観ていただきたい一作です。傑作です!是非観てください!
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