マインド亀

ハンガー:飽くなき食への道のマインド亀のレビュー・感想・評価

4.0
鉄鍋一本でカリスマトップシェフに喰らいつけ!スポ根系タイグルメ

●副題がつくと、なんだかネットフリックスにありがちなグルメ系ドキュメンタリーショーと勘違いしてしまいそうですが、これがまた『バッド・ジーニアス』主演のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさん主演の本格厨房映画じゃあないですか!
『バッド・ジーニアス』での演技がめちゃくちゃ最高で、それからNetflix配信の『ハッピー・オールド・イヤー』も抑制の効いた深みのある演技で、タイ映画界を世界に引っ張る若手女優の最大重要人物だと思います!まだ20代とは思えない存在感です。

●このチュティモンさんの何が良いかってやっぱりあらゆる感情を含んだまるで仏像のような表情なんです。常に眉間から眉をキュッと下げて、怒ってるのか悲しんでいるのか辛いのかわからない表情をするんですよね。また相手の心を見透かしてるようで何をされても動じない強さがある。
本当に良い役者さんです。この映画のためにどんだけ中華鍋振ったんでしょうか。

●物語としては、最近の『ザ・メニュー』と設定の重なる部分もあり、どちらの作品も美食などわからないステータスのみを自慢する金持ち相手の、独裁的なトップシェフを描いております。『ザ・メニュー』はそれをサイコホラーっぽく風刺を聞かせていますが、こちらの作品は社会の格差と、トップで居続けることの意味を問う社会派エンタメです。違いはあるものの、両作に共通してあるものは、トップシェフの独裁的な振る舞いと兵隊として使われる部下達、トップシェフの異常な執着心とその裏側にある幼い頃のトラウマ(もしくは思い出)です。
つまり、トップシェフとは飽くなき食の追求を絶えずしなければならず、人間味を捨てた冷酷なマシーンになって、異常な執着心を持たなくてはならないというように描かれてるんですね。

●本作でそのモンスターのようなシェフに対峙するのは客ではなく「焼き方担当」となるチュティモン演じるオエイ。中華鍋と火の使い方だけでこのトップシェフのポール率いる出張レストラン「ハンガー」の中核に上り詰めていきます。
まあ流石に、とんでもない天才的なセンスを持ってるという設定ですが、中華鍋の焼き方だけ突出している彼女が、基本的な下ごしらえの技術などもないため、いくら修行に熱心だとしてもなかなか無理のある設定のような気もします。
なんか中華鍋振る以外のことを真面目にやってないように見えるんですよね。すぐに驕り高ぶるし。(課外修行中、肉への下ごしらえの時にイチャイチャしたりするくらいですしね(笑))
かたや、トップシェフポールはまさに鬼軍曹。理想の味のためには簡単に人を切り捨て、暴力を振るい、違法な食材で調理をします。最近見た映画だと、『セッション』や『TAR』の流れにとても近い作品だと思います。それらに共通するのは、芸術の追求のためにすべてを捨てなければいけないのか、人を傷つけて良いのか、という問いと、権力を持つと転落が始まるということです。
私にはこの芸術のトップランナーの見る景色は全くわかりません。しかし、完全に完璧な芸術などないと思っております。一生たどり着くことのない「完成形」を追求していく中で、自分のエゴをどこまで通していくのか、というのはとても難しい問いだと思います。
そこで最後に主人公のオエイは何を感じ、その問いにどういう答えを出すのか。ひょっとすると賛否が分かれるかもしれませんが、それは人それぞれアートに対する考え方の違いであって、正解がないエンディングだと思います。もしかするともう一つの世界線があったんじゃないかと想像すらしてしまう、面白い作品だと思いました。

●また、チュティモンさんの主演する3作品を観ただけですが、タイ映画ってすごく映像の質感が良いですよね。とても質の高い映画で、韓国映画の次はタイ映画が、もうキテます!是非乗り遅れないように、観てみてください!
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