わかうみたろう

白鍵と黒鍵の間にのわかうみたろうのネタバレレビュー・内容・結末

白鍵と黒鍵の間に(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

同日の一夜の出来事の内に、三年前の自分と現在の自分を混ぜて展開させていくストーリーテリングの巧みさを感じる。しかし、この映画で特徴的なのは演出のヌルさである。キャバレーやクラブでのシーンはいくらでも空間を広く、光陰を強くしてきれいに写し取れそうだが、最後まで力強いショットは殆どない。デジタルで処理されたアップの表情は皮膚感のリアルすぎて嘘っぽい生々しさのうちに空虚な黒眼を掴みとる。三年前の未来に明るさを抱いているピアニストである主人公の生き生きとした表情に対して、現在の主人公にはカッコつけるけど煮えたぎらない感覚が残っていた。アメリカに留学したいという現在の意思にも、三年前の銀座に夜に踏み出していくようなワクワク感はない。現在の主人公が隠しているウジウジした気持ちは照明、導線を撮ることの少ない切り返しの編集で画面全体に広がっている。それは主人公が狭い繭の中にこもっている印象を与える。また、演技がかっている登場人物の虚構性に魅力だけでない、離れたくなる要素を与えていると考える。ヤクザの登場人物や年老いたバンドリーダーのギタリストなど、味はあるが鬱屈とした人物像を前にした時に身を動かさない、もしくは少したじろぐような現在の主人公は、池松壮亮が他の映画でも担う役と重なるところがある。ラストシーン、アメリカに旅立つ前の主人公を描かずに、三年前の主人公がこれから三年間働く場所でピアノを弾く、唯一美しいショットに指す太陽の神々しい光に、これから待ち受ける困難とアメリカでの主人公の成功を祈る。だけでなく、三年間のどん底生活を経てもなおアメリカで銀座で経験したのと同じような、もしくは東洋人であるから受ける差別等の壁に現在の主人公がぶつからなければいけないだろうと予感させ、胸が落ち着かない。