玻璃

キリエのうたの玻璃のレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.3
これは本当に、映画館で見るべき作品だった。見てよかった。
心が震えるってこういうことを言うんだと、スクリーンを目の前にして思った。
大きすぎる感情を全身に浴びた気分だった。

事前に小説を読んである程度を飲み込んで行ったからなんとかなったものの、何も知らずに行っていたらどんな感情を抱いていただろうとちょっと怖くなる。
結末まで知っていても尚、ハラハラさせられ、空いた口が塞がらない瞬間があり、言葉にできない涙がとめどなく流れた。
小説にも引き込まれたけど、これはやっぱり音楽があってこその物語だ。
まるで祈るように歌うキリエの歌声に何度涙がこぼれたか分からないし、3時間のあいだ、何度も鳥肌が立った。

個人的に、普段映画を見ていて涙する時ってだいたい「あ、泣きそう」と感じる予兆があるけど、今回は全くそれが無く自分でも唖然とした。


⚠️以外ネタバレ有り、自分用メモ
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・幼少期の琉花が歌う「異邦人」

劇中彼女が歌う曲の中でもとても印象的だったように思う。
この曲は、希の妊娠が発覚した後、夏彦が初めて希の家を訪れるシーンで歌われる。この日、小塚家ではクリスマスパーティーが行われていた。歌が得意な琉花は、母の伴奏でお客さんたちに得意気に歌って聞かせる。その1曲が、「異邦人」。この曲には
「あなたにとって私 ただの通りすがり
ちょっとふり向いてみただけの 異邦人」
という歌詞がある。琉花はこの歌詞を歌いながら夏彦のほうをじっと見ており、夏彦は肩身の狭そうな、居心地の悪そうな様子をしている。この描写にハッとさせられた。

小学生の琉花が、姉と交際する夏彦に何か思うところがあったとは考えられない。そのため彼女が何か意味を込めて送っていた視線ではなかったはず。
だけれども、実際のところ、夏彦にとって希は本気で将来を誓い合うほどの存在ではなかった。異性として好きではあるけれど、大学に受かるまでの、ひと時の恋で終わるはずの相手だった。
それが妊娠させてしまったことでひっくり返る。彼女と子供の将来を背負わざるを得なくなった。真面目な彼は、それを義務として受け入れた。
そんな気持ちを見透かされているような後ろめたさがあったから、「異邦人」を聞く夏彦は苦々しい、暗い面持ちをしていたのではないだろうか。
そして当事者の希ではなく、姉と夏彦の関係や夏彦の本当の気持ちを知るはずもない琉花にこの歌詞を歌わせることで、希と夏彦の間にあるギャップを観客により強く感じさせようとしているのではないかと思わされた。


・物語終盤で無事に再開した夏彦と琉花。
成長した琉花に対して、夏彦が「許してくれ」と泣きながら縋るシーン。

夏彦はここで「俺がお前を守らなくちゃいけなかったのに」というようなことを言いながら謝るが、小説を読んだ時点では何故ここで彼が琉花にそこまで謝るのか、何故琉花の幸せにそこまで責任を持とうとするのか、あまり理解できなかった。
しかし映画では琉花と希を同じ人物が演じているため、この時の琉花が希そっくりに成長している(外見)ことがよく分かる。
希と夏彦の関係性、夏彦がずっと抱いてきた後ろめたさや自責の念。それらが丁寧に描かれてきたうえでこのシーンを見ると
「ああ、夏彦は琉花の中に希を見ていて、これは希への懺悔なんだ」という解釈がすっと心に落ちてきた。
希とお腹の子を守ることができなかった分、希が大切にしていた、自分の義妹にもなるはずだった琉花だけは守らなければという使命感からくる言葉でもあったと思うし、妊娠発覚後、色々な葛藤故に希を大切にしきれなかったことへの後悔からくる言葉でもあったと思う。
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