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PERFECT DAYSのsayuriasamaのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6
端整なルーティンの美学と、ほんのちょっとの変化だけで人生は豊かだ。

2020東京オリンピック開催が決まったすぐ後、2014年あたりのこと。「オリンピックによって東京にもたらされる変化・出来事を予想する」ということが内輪で流行ったことがあった。自分は「都心に高級温泉旅館ができる」と「日本の技術の粋を集めた公衆トイレがつくられて、世界から注目される」と予想した。前者はオリンピック開催のはるか前に達成されてしまいフライング気味であったが、残る公衆トイレの方も、渋谷区が「アートトイレ」を導入するとニュースになった。しかし、その後、この公衆トイレを舞台に映画が製作されることと、監督が外国人であること、さらに役所広司がカンヌで主演男優賞を取ることまでは予想できなかった。

そんなわけで、本作はニュースで小耳に挟む度に進捗が気になっていて、ある意味長きに渡って楽しみにしていた作品であったこともあり、先行上映にて鑑賞。うん。本当にいい映画だった。ヒラヤマという、トイレの清掃員が、毎日毎日を判で押したように同じように過ごしながらも、少しづつ違うこともあって、そんな日々から本当の幸せの価値を自ら選んでいく美学。そして偶然のもたらすきらめき。情報と人に流されて、必死に生きる都会人からすると、ヒラヤマの生き方はシンプルすぎるけど、そのシンプルさが幸せの価値を浮かびあがらせる。そんな、心地よくも美しい作品だった。

個人的に本当に嬉しかったのは、浅草〜押上、亀戸といった墨東エリア、つまり下町エリアがこれでもかと美しく端整に描かれていたこと。役所広司の絶対的存在感、そして脇役陣の鮮やかさとともに、うまく日本を熟知している「よそ者」から見た、ある種の美化された下町と、生活の息づく下町の気取らなさのハーモニーが芸術的。そして、トイレ清掃のルーティンのもたらす「きちんと続けること」の価値。(このルーティンとメンテナンスの美学、日本人が気が付かないけれど、世界的には評価が高い価値であるようで、都営交通のポスターに、外国人写真家が撮った、バスや地下鉄の整備の様子の写真が採用されていたりする。)

その美しさは、外国人観光客の考えるキャッチーなパッケージに過ぎないという批評も見かけた。しかし、個人的には、下町というと、アンダーグラウンドで割と小汚い作品になることが多い点を残念に思っていたので、墨東エリアを暗くなりすぎずに、軽やかに素敵に描いてくれたヴィムヴェンダース監督には感謝しかない。(多分東京で1番不人気の)悪名高き足立ナンバーの軽自動車が渋谷で、首都高で堂々と輝く映画は唯一無二の魅力。日本人の持つ、忘れたくない美徳や温かさがうまく表現されている感無量の出来栄え。

小津安二郎映画にある、シンクロ演出にどことなく懐かしさを感じつつ、西洋的な彩りもありながら、クラシック邦画の流れも確かに感じる、高品質で美しい「東京映画」であり、大満足でした。

渋谷区内のアートトイレや、スカイツリーのふもとあたりにゆかりがある人にはぜひとも観てほしいし、なんなら年末余裕があったらもう一度錦糸町のTOHOシネマズで再会したい作品。
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