東京都内の公衆トイレの清掃員をしている平山は、木造アパートに1人で暮らしている。近所の人が道路で落ち葉を掃除する音で目覚め、歯を磨き、髭を整え、植木に水をやり、アパートの外にある自動販売機でをコーヒーを買い、飲みながら出勤する毎日。運転の友は、カセットで聞く古い洋楽。仕事のパートナーのタカシは、調子が良く仕事ぶりもいい加減だ。仕事を終えたら、いつもの銭湯で一番風呂に入り、その後は行きつけの店で一杯やる。夜は古本の小説を読み眠りにつく。平山にとって、同じ日常生活が繰り返されている中、ある日、姪のニコが突然平山を訪ねてくる。
主演の役所広司が、カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した作品。監督はヴィム・ヴェンダース。
ヴィム・ヴェンダースの作品は、実は一度も見たことなくて、今回が初めて。この作品の中では、そこに映る人や風景、街並みなど、すべてに監督の温かく優しい眼差しを感じた。平山の日常を淡々と追いかけてるだけなのに、何か心に響くものがあるのは、平山という人物の魅力と、この監督の温かい眼差しのおかげだと思う。
平山は、判で押したように、同じ日常を繰り返して生活しているのだけど、毎朝部屋のドアを開けた時に空を見上げて笑みを浮かべる、銭湯の浴槽につかりながら笑みを浮かべる、いつも昼食をとる場所にある木々の表情をカメラに納めるなど、日常の中の些細なことに喜びや楽しさを見出して生きているのだということがわかる。また、そういった日常の機微が作品の中では見事に描かれている。現代の人達は、とかくメディアやインターネットからの情報を浴びて生きていて、それらから楽しみを見出して生きているように思うのだけど、平山のように、多くを持たないシンプルな生き方だからこそ、生活の中の小さなことに幸せや楽しみを見い出せる、豊かな生き方ができるのではないかと思う。あんな風に生きられたらと、思わずにはいられない。
平山は、1人で暮らしていて、家族もいないけど、不思議と悲愴感は感じない。孤独と向き合い、そこに自分なりの楽しみを見出しながら生活しているようで、それらを言葉で語るのではなく、行動や佇まい、表情で演じ切った役所広司がとにかく素晴らしかった。ギラギラと暑苦しい役の役所広司は、ちょっとお腹いっぱいだったのだけど、この役の役所広司はかなり好き。一見さえないおじさんだけど、どこかチャーミングで、魅力的。そのあたりの匙加減が絶妙。ラストシーンの平山の表情、役所広司の演技が本当に素晴らしいのだけど、平山の日常に訪れたちょっとした事件と変化を、その表情で表現しているのがすごい。平山はきっと嬉しかったのだろうな。
他のキャストで印象的だったのは、タカシが思いを寄せるアヤを演じたアオイヤマダ。ダンサーとしても注目してるのだけど、今回も唯一無二の個性と存在感を発揮していて良かった。また、平山が密かに思いを寄せる居酒屋のママ役の石川さゆり。しっとりした色気と歌唱力が必要な役で、まさにピッタリだった。
平山が清掃をするトイレは、どれも近代的でユニークな建物だったけど、実在するTHE TOKYO TOILETというプロジェクトがあるのだとか。
静かなタッチで、大事件がおきるわけではないけど、温かく、豊かな気持ちになれる素晴らしい作品。BGMも心地良かった。大きなスクリーンで見られて良かった。
