幽斎

ポトフ 美食家と料理人の幽斎のレビュー・感想・評価

ポトフ 美食家と料理人(2023年製作の映画)
4.4
「ノルウェイの森」Anh Hung Tran監督が、フランスを代表する名優を招いて、フランスらしい美食と愛を描いたグルメコンセッション。アップリンク京都で鑑賞。

カンヌ映画祭監督賞、アカデミー国際長編映画賞フランス代表。本作は監督のエッセンスが全て網羅された逸品。監督に突き動かされる様に出演を決めたJuliette Binoche 60歳は世界三大映画祭とオスカーの全ての女優賞を獲得した名優。レビュー済「私の知らないわたしの素顔」還暦とは思えない美麗と演技は健在、フランス人には珍しく知日派で是枝裕和監督「真実」にも出演。恋愛遍歴もおフランスらしく実に多彩。

Benoît Magimel 50歳もカンヌ映画祭、セザール映画祭の常連で受賞歴も有る。プライベートでは1999年「年下のひと」共演したBinocheと同棲して娘も生まれたが2003年に別れた。フランスでは事実婚と言う男しか得しない謎ルールが罷り通るが、ホント羨ま(笑)。美食家Gourmandはアメリカ英語でGourmet、父親の世代は食通、食道楽。私は京都人だが、北大路魯山人や池波正太郎が愛した料亭は今も営業中。

「青いパパイヤの香り」「エタニティ 永遠の花たちへ」繊細な映像美が高く評価される監督の7年振りの作品。自然光や蝋燭の明かりを使うセンシティヴなタッチが秀逸、コレだけでも見る価値有るが、様々な料理を美しく且つ踊る様なカメラワークで見事に捉えたショットの数々。監督は子供の頃にベトナム戦争から逃れる為に家族とパリに移住。アジアの異国人を正当に評価したのも映画発祥の地、フランスだった。

メインディッシュは最初から最後まで次々と登場する芳醇な料理。早朝に畑から収穫した野菜を厨房で丁寧に料理する様子を、ドキュメンタリーの様に映し出す。料理人の制服エプロン姿も美しいBinocheが颯爽と腕を振るう。スープを作るのも料理の基本から、出汁を取るのも鶏を捌く所から。秀逸なのは劇判や効果音は一切使わない。観客は調理中に自然に出る包丁の音や鍋が煮える音に耳を傾ける。眼は厨房に差し込む柔らかな日差しに癒される。巧みな演出も映画の隠し味として見事に表現。

美食家のキャラクターはスイスの作家Marcel Rouffが1925年に書いた小説「La Vie et Passion de Dodin-Bouffant」美食家ドゥダン・ブーファンの生涯と情熱、から着想を得た。フランス帝国とプロイセン(ドイツ)王国の戦争で塹壕に立て篭った主人公が、平和に成ったらこんなモノ食べたい空想の料理が「究極のポトフ」牛肉、軍鶏、ブレスの鶏、羊、仔牛、豚、ハム、ソーセージに各種野菜を入れ煮崩れするまで煮込む。此のレシピを忠実に再現したのがフランスが誇る料理人Alexendre Dumaime。フランス料理の究極と言われる「ドゥダン・ブーファン」とはフランスの家庭料理のポトフだった。

「ガストロノーム」貴方の近くに有るかも知れないが、フランスの美食家を指す言葉。稀代のガストロノームのドゥダン・ブーファンは創作の人物だが、本作の19世紀末は、近代フランス料理が勃興して新旧が鬩ぎ合う時代。舞台はブルジョワの城館の厨房。見栄えと使い勝手も良く整えられた厨房は、料理人には聖職。銅製の調理器具で古典的な「コンソメ」「仔牛のポアレ」「ポトフ」「ジピエ」等々、レシピをメモで書き留めたくなる程に忠実に丁寧に再現。グルメとセックスと言うフランスの2大国技が合体!(笑)。「最後の晩餐」「パベットの晩餐会」「宮廷料理人ヴァテール」美食映画の三大金字塔。京都人の私のフレンチ一推しは、四条駅近く「Roji-oku」予約が取り難いビストロです。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26034554/

ドダンは何度もプロポーズしたが、彼女は一度も首を縦に振らない。しかし、病床で料理を振る舞い彼女は心を開く。ドダンも妻にしたい欲求が有るだろうが、彼女はドダンの「脳内レシピを再現」功績を欲してたと思う。形式的な繋がりより、2人の間でしか理解できない関係性。ウージェニーの存在意義をドダンに落とし込む要素にも繋がる。精神の繋がりを感じてたウージェニーは、俗世的な「妻」では表現出来ないかもしれない。2人には「Soul Mate」魂の伴侶が最も相応しい。うーん、トレビアン!(笑)。

料理監修はミシュラン3つ星シェフPierre Gagnaire。皇太子お抱えのシェフ役で出演。日本ではANAインターコンチネンタル東京が有名。パンフを買われた方、レシピが付いてましたね。しかし、まぁまぁ料理に自信の有る私でも再現するのは無理。香辛料を探す所から始めるので、S&BやGABANの貧弱なスパイスでは正直辛い。彼女の死因は明かされないが原作に脳卒中と有るので突然の死。プロットは「愛情と役割」解釈したが、レトリックは「愛情の伝え方」。絶対味覚を持つポーリーヌが「ウージェニーの作法の意味」理解して次に繋げる事が、美しい流れかもしれません。

最期に彼女は「妻だったのか、料理人だったのか?」問う、絶巧な幕切れに言葉もない。
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