eiganoTOKO

落下の解剖学のeiganoTOKOのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.9

このレビューはネタバレを含みます

特に、どちらかのパートナーが成功してるタイプの中年ど真ん中、なひとたちは見る時要注意…!
やたら演技うま人たちと、演技うま犬のせいで、リアルな中年の危機を見せつけられて恐怖。

真実や正しさ探しの映画ではなくて、人間は不誠実だし、あらゆるアイデンティティだけでは説明がつかないものだし、境遇も千差万別だし、裁判がすべてではないし、決めつけの断罪もできない。途中からこれ裁判ミステリーじゃなかったんかい、という巨大ハシゴ外しで、かれらは幸せに生きるためには何が必要なのか?という、人生山あり谷ありで詰んだらどうする?映画だった。

妻も夫も、あらゆる意味でお互いに搾取と他罰を繰り返し、子どもも障害者ではなく「健常者と同じ立派な自立した」人になるべしというプレッシャーもあるのか、主要な3人が正しくないし、正当な怒りや悩みでもある。
しかし犬にアスピリン飲ませちゃだめだろ?
あと本国の僻地に来て自宅教育決めちゃって、しかも言語もフランス語がいいとかわがままいってキレるのもなしだろ?
あと他人のアイデアで小説書きあげて開き直っちゃだめだろ?


死んだのが妻だったら、おそらくわかりやすいアンフェorフェミニズム映画になっていたであろうが、一見「勝ち組」にみえる夫が死ぬ、必然的に妻=女が主体となる、という設定がすでに、複雑なジェンダーとはなにか?を問う。
夫は本当に才能がないのかもしれないが、そんなことをズバズバ欠席裁判で言われ放題で酷いし、ホットな弁護士が「彼は自殺に追い込まれた」という夫の最後の一年(仮)を弁論するのもえぐすぎる。全40代の挫折おじさん泣きたくなる。
でも、弁護士の死んだ人の傷に塩をぬりぬり答弁が終わると、サンドラは「彼は違う(自殺するような悲惨な人生ではない的な?)」と、死んだ夫を擁護するような(おそらくは)愛情のひとことが素晴らしい。

裁判では何が真実か知っているかのように弁護士や検事が二項対立になるけど、本当は誰も真実などは知らず、SNSの炎上時代にも、誰も裁判官にはなれないことを思い出させてくれる。

息子の最終答弁も素晴らしく、フィクションなのか?記憶なのか?
それは重要ではなくて、ただ心に決めたことだけが彼にとっての重要な人生の分岐点になっていくのだ。
それが落下しないための、コミュニティの形成なのだ。

追記
監督もインタビューで答えていたけど、第一言語のすれ違い、妻に向けられる夫殺しの疑惑、という点で共通している『別れる決心』には影響を受けていないそう。
だけど、言葉を奪われたものたちの、完全な犠牲者ぶらない結婚制度内における女の闘い。同時代の複雑なフェミニズム映画として両作品ともに傑作である。
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