ずっと不愉快で、ずっと面白かったな。
夫婦喧嘩シーンの新たなマスターピースが爆誕。
これこそが、犬も食わない、本物の夫婦喧嘩って感じすごかった。喧嘩の最中、お互いに、気の利いたことも、膝を打つような真理も全く言わない。内容も、言い方も、必ずどこかが間違っている。見ていて不快以外のナニモノでもない。これこそが夫婦喧嘩だよね。
しかもその夫婦喧嘩が録音されており、裁判で証拠として提示されるという激ヤバ展開。自分たちの喧嘩の録音を後で自分で聴くだけでもめちゃしんどいはずなのに、それを裁判所で、自分の息子や、見知らぬ人にも聞かれるという、法的に許される範囲でおそらく最悪の公開処刑。しかも相手の夫はすでにこの世にはいないという。
(この場面でも心折れずに前を向き続ける姿に、この女性のとてつもない(気の)強さがにじみ出ている。)
裁判シーンも不快指数高かった。特にあの検事。自身の主観でグイグイ論線を展開し、「~ってことはこういうふうに考えるのが自然ですよね!?(ドヤ)」みたいに感情的に裁判員や傍聴者を自分の側に巻き込もうとするという。
人から言われて後から気付いたのだけど、この裁判中で登場する裁判官や証人は、男性はみな夫側に味方し、女性はみな妻側に味方しているのよね。そんなあからさまな演出意図ですら後から言われないと気づかなかった自分自身にも内面化されたバイアスにもイヤになる。
子どもが視力に問題を抱えていること、その視力障害はどのような出来事があったか、夫婦の職業や移住や出自、過去の浮気や書いた小説の内容などなど、いろいろな設定が後からパズルのピースのように埋まっていく映画的面白さ。徐々に解像度が上がっていき、しかし逆に真実はどんどん見えなくなっていくような。ラショーモン映画のひとつにくくる人もいるようだが、ちょっと違うような。どちらかというと「ナミビアの砂漠」の設定開示の手順に通じる、設定解読サスペンス。
それ以外にも、母と子の関係とか、子の微妙な心情や行動とか、実に思慮深くこちらの思考を喚起するような作劇で素晴らしかった。後から考えれば考えるほど、自分の中の何かに引っかるような、噛めば噛むほど味が出るというやつ。
おまけ:妻のサンドラが夫婦喧嘩の中で徐々にヒートアップしながら言い過ぎる場面
"You complain about a life that YOU chose. You are not a victim. Not at all. Your generosity conceals something dirtier and meaner. You're incapable of facing your ambitions and you resent me for it, but I'm not the one who put you where you are.”
「あなたが文句を言っているその人生、自分で選んだものでしょう?被害者ぶるのはやめてよ。全然そうじゃないから。あなたの「寛大さ」ってやつ、その裏にはもっと汚いもの、もっと卑しいものが隠れてる。自分の野心に向き合う勇気がないだけなのに、その苛立ちを私にぶつけてる。でも、私があなたをその場所に追いやったわけじゃない。」
(ここまではまあギリギリ。ここでやめておけばいいものを)
I had nothing to do with it! You're not sacrificing yourself as you say. You choose to sit on the sidelines because you're afraid!
「私には何の責任もない!
自分を犠牲にしてるとか言うけど、それも違う。結局、自分で安全な場所に逃げてるだけじゃない。怖いから!」
(はい、完全に言い過ぎ。自分にも落ち度があるから余計にこうなるのよね)
Your pride makes your head explode before you can even come up with a germ of an idea! You wake up at 40 needing someone to blame. You're the one to blame! You're petrified by your own fucking standards and your fear of failure! This is the truth!
「プライドが高すぎて、ほんの小さなアイデアすら思いつく前に頭が爆発しそうになる。40歳になって目が覚めて、誰かのせいにしなきゃ気が済まないなんて、情けない。あなた自身のせいだよ!自分の馬鹿みたいに高い基準と失敗への恐怖にがんじがらめになってるんだから!これが、あなたの現実よ!」
(ぎゃー、もはや完全に相手を罵倒しにかかっている。こうなったらおしまい)