netfilms

関心領域のnetfilmsのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.3
 何かもう本当に2024年の5月は神経がささくれ立つようなチクチクした触感の映画が世界中どこの映画を観ても多かった印象だ。その中でも今作は超一級の傑作と言っていい。収容所のあるアウシュビッツのすぐ横に建てられた質素な家。庭にはその家の妻が育てる草花に囲まれ、草はびっしりと綺麗に生えそろう。庭には何とプールや温室まで設置され、地上の楽園であるかのようだ。その箱庭的な平和な雰囲気そのものがある種のクリシェとなる。広角レンズを多用した極めて人工的な映画のルックは極めて大好物で、誰が撮ったのかと思ったら、『イーダ』や『COLD WAR あの歌、2つの心』で知られる名カメラマンであるウカシュ・ジャルだと聞いて大いに納得した。薄皮のような壁一枚で隔てられたこちらとあちらでは、まるで天国と地獄のような壮絶な運命が待ち構える。その壁の向こうでいま起きている惨事は我々には一切明示されない。然しながら壁のこちら側で平和な日常を楽しむヘス家の何気ない会話の中に、呻き声や恐怖の叫び声が混線して聞こえる辺りが絶妙だ。ジョナサン・グレイザーはいま壁の向こうで起きていることを視覚や聴覚で鋭利に現わさんとする。

 それは音だけではなく、死体に纏わる異臭やナチス・ドイツの雁字搦めの因習すらも我々に伝えようとする。壁一枚隔てた場所では人々の絶叫がこだまするのだが、アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)の妻ヘドウィグ(ザンドラ・ヒュラー)はここは天国のような楽園だと奇妙な声も意に介さない。当然彼女が壁の向こうで起きる事実を知らないはずはない。然しながら彼女の人種差別的な無知・無関心は深刻で、壁の向こうで起こる事態を全て他人事にしてしまう。自戒を込めて言うが、人々は友と敵とを単純な意味合いで分けたがる。宗教、政治、人種、思想あるいはジェンダー、ルッキズムで簡単にあちら側とこちら側の間に線を引き、物事を単純化してしまう。ルドルフ・ヘスの決断が単なる出世欲に駆られたものとは私には思えない。彼が呻き声と死臭のするその土地から逃げたかったのは明白であろう。水は常に川上から川下へと流れる。楽しいはずの行水の最中にユダヤの骨及び灰を身体に浴びた父親の恐怖の病巣を水道の水で必死に洗い流そうとする場面が極めて印象に残る。それが体現されたのが階段での無意識の嘔吐で、手を汚してしまった彼の傷は永遠に癒えることはない。

 『ありふれた教室』のレオニー・ベネシュ同様に、またしてもミヒャエル・ハネケの『白いリボン』で教師を演じたクリスティアン・フリーデルの真にナチス・ドイツと己の妻により去勢された姿が印象に残る(あの変な髪形!!)。妻ヘドウィグの詰問に耐え兼ねた家父長制の長が様々な戸を開けては閉め、開けては閉めながらヘドウィグとは一切視線を合わせない姿は、戦争放棄した父親そのものの欺瞞が暴かれる。現代の世界線の様子は正にジョナサン・グレイザーの出世作であるJamiroquai『Virtual Insanity』のような四角四面の長方形の箱庭世界を覗くかのようなジョナサン・グレイザーの視点にも垣間見える。それは没入ではなく、常に加害者でも被害者でもないゲスト(部外者)としての視点であろう。被害者の声は80年経った今もその場所に留まり続ける。一点だけあの白黒の少女のネガのような色調の場面だけが作為的に見え、興を削がれたものの、並外れた傑作であることには何ら変わりはない。
netfilms

netfilms