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関心領域のfujisanのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
3.6
音を『観る』映画でした。

真っ黒な映像から始まり、それが約5分間続く。途中から小鳥のさえずりだけが聞こえるようになり、映画は始まります。

ストーリーというストーリーはなく、彩度が抑制された色味の薄い映像で、アウシュヴィッツ強制収容所のとなりに建つ収容所所長のルドルフ・ヘスの一家の平和な日常が、監視カメラの映像のような客観的な映像として流れていきます。

平和な風景に似つかわしくない不気味な叫び声や銃声、人を機械的に”処理”していく工場の煙突から夜通し立ち上る煙や、ときおり辺りを赤く照らす炎、そして不気味な作動音。

今年度アカデミー音響賞を獲得した作品らしく、とにかく音が重要な映画であり、音を『観る』映画だったと思います。

聞いてはいましたが、なかなか強烈な映画なので、観るタイミングには注意したほうがいいかもしれません。


■ 感想

アウシュヴィッツ強制収容所に隣接する一家の平穏な生活を描きながらも、収容所中で行われいることは一切描かず、終始響く不穏な音や骨粉を思わせる肥料の白い粉など、周辺をリアルに描きこむことで中で起きていることを想像させる映画。

これを観て思ったのは、”白残し”、”黒残し”と言われる、絵画や写真のフィルム現像で行われる表現技法。

19世紀の画家ベルト・モリゾの油絵のように、あえて白い部分に絵の具を置かず、カンバスの白い部分をそのまま残すことで白を表現する技法。最近の映画「春画先生」でも、円山応挙の「雪松図屏風」で白い雪を表現するために使われているという解説がありました。

中のことは描かず、その周辺部分を徹底的に周知に描くことで、描かれていない部分は観た人の頭の中で補完され、通常の表現よりもより深く強烈なインパクトを残す手法。映画でもこんな手法があったのかという驚きがありました。

狭い空間の中だけで生きることで、人間は狂ってくる。
この映画は、まるで水槽内の実験ラットを見るかのように、人間が狂っていく様を突きつけてくる。そして、そのガラスに映っているのは、無表情の自分自身の顔かもしれないという恐怖。
そんな、背中に冷や水を浴びせかけられるような恐ろしい映画でした。

映画が伝えたかったこと。
それは、史実として語り尽くされたアウシュヴィッツでの虐殺の歴史や悲惨さそのものではなく、過去の教訓を繰り返してはいけないということ。

イスラエルによるガザ侵攻、プーチンによるウクライナ侵攻、そして国内の能登地震や身の回りにある貧困や福祉の問題など。

メタ視点で考えると、アウシュヴィッツでの悲劇を描きこむことで、これら現在進行系で身の回りに存在する問題に無関心になってはいけないと言うことを表現している、”空白を想像させる”映画だったのだろうと思いました。


(以下はネタバレ含みます)









■ トリビア(Wikipediaとかであまり書かれてないもの)

・ジョナサン・グレイザー監督は音楽PV出身。最も有名なのはジャミロクワイの「ヴァーチャル・インサニティ」
PVはこちら:https://youtu.be/4JkIs37a2JE?si=qNHsTdD04ZR1bdaS

・原作はマーティン・エイミスの小説「The Zone of Interest」だが、テーマが同じだけで内容(表現方法)は全く異なるもの

・撮影は実際のヘス邸を使用。無人カメラを10台設置し、演者からカメラマンが見えない形で撮影。また、照明を使わず自然光のみで撮影している
参考:撮影の舞台裏を明かす!映画『関心領域』特別映像
https://youtu.be/4NRdPptFxRM?si=4bIkjcKGPR12g3P0

・リンゴを置いていた少女:当時実際に邸宅近くに隠れ住んでいたユダヤ人家族の少女。昼間に収容所周辺で強制作業をさせられる収容者が作業中に食べられるように夜の間に置いていたそう。本作撮影時点ではまだ御存命だったとのこと
参考:アレクサンドラ・ビストロン=コウォジェチク
https://w.wiki/ABFy

・ルドルフ・ヘスのその後:映画では病院での検査シーンや嘔吐シーンが描かれていたが、病死ではなく、戦後に捕らえられ処刑されている。この経緯については、こちらが興味深い
参考:ルドルフ・フェルディナント・ヘス
https://w.wiki/ABFs

・妻のその後、他:以下ページがとても詳しいので、紹介しておきます
ヘドヴィヒ・ヘンデル、 ルドルフ・ヘス-アウシュヴィッツ収容所長の妻 と、映画「ゾーン・オブ・インタレスト」:
新・ イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、そしてもろもろ!
https://www.italiashiho.site/article/502056644.html


■ 余談

本作はとても学びの多い映画でしたが、体調やメンタルのコンディションが悪いときは観ないほうがいいかもしれません。

以前になにかのレビューで書きましたが、知人が東日本大震災後のニュースやTwitter(当時)の情報を見続けてしまい、一時メンタルを病んでしまいました。その時の医師の指示は、情報遮断。Twitterを休むと急に良くなったことを思い出します。

少なくとも楽しい映画ではないので、お気をつけて・・
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