鹿山

関心領域の鹿山のレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
3.7
「うんうん、悪の凡庸さだね……」

本作は特筆すべきところのない凡庸な日常風景を描いた映画だ──ただし、数m先で起きている民族虐殺からは目を逸らしつづけている、という点を除いては。
冒頭の長ったらしい黒画面と、穏やかなアンビエントミュージックの組合せはうたた寝したくなる。

やわらかい陽射しとのどかな自然につつまれた家庭でくりひろげられるのは、これまた凡庸きわまるホームドラマ。夫婦間のメロドラマになっていくところはくだらなすぎて失笑すら出ない(もちろんこれも演出だろう)。

また、映像・音響面でも、不気味な静けさをかんじさせずにはおかない。
フィックスショットの構図で、白い布で汚れを拭く動作、「白」以外の色から逃げる動作、ドアを閉めたり電灯を消す動作、ガラス越しだったり狭い隙間からのぞく視線などが執拗に反復される。劇伴もほとんど鳴らされない。

だが演出上でとりわけ重要なのは、虐殺それじたいはいちどたりとも映されない点だろう。これは斬新、というよりはむしろ古典的なマナーにほかならない。「アウシュビッツのあとで詩を書くことは野蛮である。(アドルノ)」ということばに代表されるとおり、大量虐殺の瞬間やその惨さは誰も写真に撮れなかったし、絵にもできなかった。この世界史的悲劇が表象不可能であるというのは大前提であり、それをわきまえているという点において、本作は確かに気品がある。
また、名誉ドイツ人やユダヤ人の中にも内部分裂やヒエラルキーがあることもさりげなく示唆される。加えて、ケアワーカーやペットの犬も周縁化されていることがわかる。みんな社会問題や差別なんて疑ってる暇などなく、身近ないざこざで精いっぱいなのだ(そうしてる間にもジェノサイドは進む)。

戦時下の今だからこそ本作を撮ったのだという動機は痛いほどわかる。だが、わたしは本作に首肯できないでいる。それは、大衆の無関心への苛立ちを、いたって「真面目」に表明しているからだ。センシティヴなトピックを語るときにこそ、フリッパント(軽薄)な語り口が肝腎ではなかったか? そもそも、映画とは気の散った大衆への見世物であるのだから。
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