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愛にイナズマのnetfilmsのレビュー・感想・評価

愛にイナズマ(2023年製作の映画)
3.8
 これは良くてあれはダメなどと個別に断罪するつもりはないが、何より石井裕也という監督は題材による当たり外れが大き過ぎる。ほぼ同時期に公開された『月』は、相模原障害者施設殺傷事件という実際に起きた事件を題材にした辺見庸による原作小説を元にしており、原作との適度な距離感も功を奏したのだが、完全オリジナルとなる今作ではまたしても石井裕也の過剰な思いが全編に溢れていてただただ困惑した。26歳の折村花子(松岡茉優)はカメラ片手に世の中の不条理を炙り出すいわば映画内「映画」である。自主映画監督として数本撮り、今回は初めて1500万円ものバジェットが付いた。だがこの製作会社の代表(MEGUMI)や助監督(三浦貴大)の応対が紋切り型で笑えない。実際に界隈にこんな人間がいてもおかしくないのはわかるが、びっくりするほど紋切り型が過ぎる。そんな時、ふと立ち寄ったバーで、空気は読めないが、やたら魅力的な舘正夫(窪田正孝)とボーイ・ミーツ・ガールな運命的な出会いを果たす。前半部分の凡庸な描写の数々には率直に言って辟易した。というか褒めちぎり過ぎかもしれないが、石井裕也はボーイ・ミーツ・ガールな瞬間すらいかに凡庸に怠惰に描写するかに腐心しているようにも思える。

 それゆえに病気で映画そのものを失った彼女の欠損は十分理解するのだが、幾らオリジナル脚本だからとはいえ、ほとんど物語の本線とは直接関わりのない落合(仲野太賀)を殺してしまうのは流石にどうなのか。コロナ禍とはいえ、そこから先の求心力としても何か別のエピソードを引き合いに出せば調和が取れたものを、随分短絡的な気はした。然しながらその後、妻に愛想を尽かされた父・治(佐藤浩市)、口だけはうまい長男の誠一(池松壮亮)、真面目ゆえにストレスを抱え込む次男の雄二(若葉竜也)あたりが集結する地点に至るにつれ、途端に映画は輝き始める。そもそも映画内「映画」のアイデアそのものが主人公の内発性へと向かうある種のトリガーであり、幼少期の家族関係の欠損が徐々に後景から立ち昇る辺りは見事なのだが、いったい大の大人が妹のトラウマの払拭にどうしてここまで嬉々として演じるのかは腑に落ちなかった。世間では見向きもされないレベルでの人間の生き辛さや怒りの叫びこそが石井裕也の真骨頂だとするならばそれもまた良しなのだが、この家族の打ち解ける早さにはやはり疑問を禁じ得ない。主人公が真実にしか興味がないというのもわかるのだが、平然とカメラを向けられることの暴力性についても触れてはいない。然しながら父と兄と恋人に端を発する愚かな男たちの妹へのひたむきな優しさは素晴らしい。
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