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哀れなるものたちのfreeのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.3
【言ってしまえば女性版なろうであり、偶像の理想郷は「ハッピーになる方法」の一つとして良いかもしれない。公序良俗としては少し下品かもしれないが……】

舞台は19世紀のヨーロッパ。生まれたての無垢さを持つ無知の美女が、女性としての生き方を知る冒険譚である。

大筋は人間讃歌。性の欲求、知の欲求を満たし、友人を作り、社会を知り、人間として生きるまでの成長過程が、主人公の視点から鮮やかに、奇妙に描かれる。
エマ・ストーンの演技を持って主人公ベラが生まれ、演出、音響、色彩が世界観を作る。色鮮やかで目まぐるしい画面に、観客は魅了される。

女性が生き、社会や自分を知る、成長物語…。一体何が「Poor Things」なのだろうか?

以下ネタバレを含む。


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19世紀が舞台だが、この映画が投げかけるのは現代に通ずるジェンダー問題について、とりわけ女性の権利についてである。


あらすじはこうだ。

医者の娘として大人の姿のまま生まれ変わった美女ベラ。外の世界を見せてくれる色男とある程度遊び、知識をつけて世界を見て回る。社会を知っていくと恵まれた環境に良心が痛み、慈愛を持って寄付をする。お金がなくなっても身体を売って、その中でも勉強し友人と勉強会に行く。父を看取り、待っていてくれた婚約者と結ばれる。暴力的な権力者を排除。自分も医者になるため勉強を続ける。ハッピーエンド。


お気づきであろう。実はこの映画、フェミニストの夢の世界である。
素晴らしい世界であるが、この理想郷は都合の良いキャラクターが主人公を喜ばせるように動き、成り立っている。

色男は本気になり、フッただけで一文無しになって精神崩壊する。
理解ある医者の彼くんは「不道徳じゃなくて、他の男達に嫉妬するよ」などと性の奔放さや過去を愛で受け止めずっと待っていてくれる。
去勢された父親は真に父性のみで私だけを愛し、金を残したまま病で早く死んでくれる。口うるさい母親は元からいない。
黒人や女性は聡明で賢いものの象徴だ。知識をつけない女性は太った女家政婦として描かれる。無口で従順に仕事をし、男性と同じく差別的。嫌なことがあっても顔に出すか、女性相手に小さく罵るしかできない。
権力を持つ暴力的な白人男性は、女性や老人、身分の低い人を苦しめる。しかし女性の少しの勇気で倒すことができる。

最後のシーンはフェミニストの理想の庭園である。
理解ある医者の旦那の傍らに座り、自分も医者を目指し勉強。その横には友人である聡明な黒人女性。知識をつけない女家政婦も、二人目のベラの成長―新たなフェミニズムの萌芽―に驚き喜ぶ。国家権力を持つ暴力的な白人男性は、脳みそをヤギに変えられ裸で草を食むのである。
大きな屋敷は降ってきた富、手入れの行き届いたイングリッシュガーデンは幸せの象徴だ。


これは幸せな理想郷なのだろうか?これらは全てフェミニズム…いやフェミニストに対する大きな皮肉なのだ。

船旅は、世界を見て回っても降り立つ国を飛び飛びにしか認識しておらず、見える景色は限定的であることを示す。
カメラはベラから見た世界だけを映しており、その見識の狭さを表現している。短絡的に偽善で行った寄付も中抜されているとは知らないし、社会主義の集会に行くも学んで生かすことはない。
知識をつけても、人前で大声で性的なことを話したり、性的関係を結んだ女性を友人として家に呼んだり…、マナーやモラルも欠けたままだ。
色男が何の仕事をしているかも知らないし、将軍の言う「男性器と抗う男社会」についても理解しない。勧善懲悪の考え方で暴力的な男性には人権がない。それで幸せと思える。

ハリボテの幸せの裏に、公序良俗に反した自己中心的な女性像が表現されている。


さて、「Poor Things feminism」とSNSで検索すると、フェミニストは必ず見よと称賛するポストが散見される。
しかし、この映画の何を見てフェミニストは喜ぶのか。フェミニストが目指す理想の姿や世界を描いているから、と考えているならこの映画の皮肉にまず気付くべきだ。

ベラは世界を変えない。見える範囲で庭を作ることで満足している勉強熱心な女性というだけだ。
更に言えば、ベラは生まれた環境、なんなら前世でさえも富や美貌を持ち、周囲にも恵まれている。物事が上手くいくのは美貌と金を持つからである。

フェミニストは皆ベラのような装備を持っているのだろうか。
否、どんな環境にいても、女性の権利を向上させる革命を起こすのがフェミニズムの目的ではないのだろうか?この映画が指すところはリアルに女性を導くルートであろうか?お手本になり得るのか?


言ってしまえば女性版なろうであり、偶像の理想郷は「ハッピーになる方法」の一つとして良いかもしれない。公序良俗としては少し下品かもしれないが、娯楽作品としては良いだろう。
エマ・ストーンの演技や、艶やかな演出を観覧するだけでもこの映画を見る価値はある。
しかし称賛の拍手を送る前に、この映画のテーマであるフェミニズムについて、露悪的なあしらいの数々に気付くべきだ。
絶世の美貌や富を持たない普通のフェミニストにとっては、届かぬ理想郷を見せられ、この映画が示す指標が自分のルートにないことに絶望するだろう。そして見識の狭さやご都合主義を揶揄されていることに憤り奮い立たされる。活動家はその露悪的な演出の要因を省みることになるだろう。


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「Poor Things」とは何のことか?
可哀想なストーリーを持つキャラクター?行儀の悪いフェミニスト?皮肉に気づかず称賛する観客?それらに押し上げられ賞を取ること?

考えているとエンドロールが流れた。綺麗で無意味な静止画の連続に、読ませる気のない美しいだけの文字の羅列。
ふむ、私の中では自虐を込めて、「本当は無意味なのに、こじつけて論じている批評家」…「フェミニズムを知らないのに語るヤツ」としておくか。
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