マインド亀

哀れなるものたちのマインド亀のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0
デフォーの父性が映画を包む!『バービー』と共鳴した見事なエンタメ作品。

●男性の私が本作を「女性の抑圧からの開放」だとか「女性の主体性についての映画」だとかを声高に挙げて賛辞を送ると、まるで自分がわかったような振りしてながらも男性優位思想を持っているマーク・ラファロのような人間ではないかと思われるかもしれず、なんだか居心地が悪いので、今回はちょっとその点ではない部分の感想をひとつ。(なんだかこの気まずさは『バービー』のケンの振る舞いを観たときのような気まずさとよく似てますね…)

●めちゃくちゃ面白かったです!美術、音楽、脚本、編集、撮影など全方位的に良かった本作。特に本作の演技面では、受け皿として空っぽの体に入った魂が、赤ちゃんから自立した大人の女性になるまでをエマ・ストーンがフィジカルの強さを最大限に発揮し演じました!また、今回のマーク・ラファロは不遜でユーモラスな男を演じ、新境地のコメディアンぶりが最高に面白く、崩壊していくマーク・ラファロのダメンズぶりで劇場が爆笑につつまれておりました。

●しかしながら私が絶賛したいのは、ウィレム・デフォーです!
このウィレム・デフォーのデフォー味といいますか、デフォー力(りょく)といいますか、デ・フォースといいますか…なんせこの作品はデフォーの父性によって味わいが優しく、愛に溢れたハートフルな味わいを残しているのです。ただでさえデフォー自身が特有の印象的な顔立ちをしているにもかかわらず、それをツギハギだらけの顔面凶器にして、ゲップの泡を口から出させて、パチンッと割らせる、どんなモンスターやねん!って感じですが、今作は久々に強烈なデフォーでした。しかしながら、彼自身が、フランケンシュタイン博士に作られた「フランケンシュタインの怪物」であり、その彼が知性を獲得しさらなる人造人間(エマ・ストーン)を創った、と考えてもいいのでしょう。彼自身は父親からとんでもない実験(というか虐待)を子供の頃から受けていたのですが、そんな彼がエマ・ストーンにあたえるのは、これ以上ない愛。そして結婚相手を探してやる、というとても寛大な父性なんですね。この「愛」こそが、フランケンシュタインには全く無かったもので、愛を与えなかったフランケンシュタイン博士は自ら創った人造人間に殺されてしまう。でも愛を与えたデフォーは、ベラと家族になって、人生の最後を幸せに迎えるのです。「愛すればこそ」なんですね。またこの、モンスターであり、マッドサイエンティストであり、愛の深い父親を演じるデフォーの幅の広さはすごいですよね。グリーン・ゴブリンのようなスーパーメジャーなヴィランをやりつつ、『ライトハウス』のようなアート系の作品でも活躍し、『カードカウンター』や『フロリダ・プロジェクト』のような小品で美味しいところをかっさらったり、ちょっと一度ウィレム・デフォーで特集上映組めるくらいじゃないですかね。アカデミー賞にノミネートしてないのどうなんでしょうか。とにかくすごい役者やー!

●昨年の傑作『バービー』が、人形のからだから肉体性を得たように、本作のベラは赤ん坊の精神が成熟した先進的な大人に成長していきます。どちらも女性の自立を描き、モノクロの世界がカラフルに見えていくように男性社会を突破して、自分の自由意志を貫き通そうとする物語なんですね。さらにこの作品にはその大きなテーマに、親子の愛や、搾取構造の問題や、女性の性的探求や性の開放、有害な男性社会からの開放など、あらゆるレイヤーが重られており、あらゆる方位的に完璧な作品と言っても過言ではないと思います。
またそれが、例えばベラが踴るフリースタイルのダンスシーンだったり、知性を得るごとに大人のように変化する歩き方だったり、最初の方の自己快楽のためのスポーツの様なフィジカルなセックスが娼館では相手の欲求を読取り気持ちを通わすセックスへの変化だったり、そういうセリフではない見せ方が非常にうまいんですよね。モノクロからカラーへの変化や、服装の変化もそう。なんだか隙がなさすぎる映画だと思いました。
(よくわからないのは時々差し込まれる魚眼レンズのシーンですね。何でしょう、2001年宇宙の旅のHALのオマージュにしても、誰の視点かわからなかったし…でも今回の映画で使用されている字体が『博士の異常な愛情』から来てると思うので、キューブリックLOVEなんだろうなあと思いました。)

●また音楽も素晴らしく、映像の雰囲気とぴったりですし、衣装の可愛らしさもベラの幼児性と大人の肉体美にマッチしてるし、スチームパンクと絵本のような世界が融合した美術も最高。映画を構成している要素全てがハイレベルに噛み合って揺るぎないものになっています。巨大なLEDバックスクリーンとセットの素晴らしさは抜きん出てますね。
唯一惜しいなあ、と思ったのは、デフォーの創り出した、倫理的にどうかしてるクリーチャーや馬の頭のついた車などが、あまりカラーでは見られなかったことくらいですかね。カラーで全身をしっかり見たかったですね。

●兎にも角にも、ベラの高潔な精神性を自分の世界や周りの人々、そして自分自身に当てはめて変わり続けなくてはならないということを知る映画でした。昨年の『バービー』であらゆる気づきを得ることができたように、本作でも男性の有害さを笑いながら心に刻む映画でした。
こう書くととてもお勉強的な映画のように聞こえますが、物語はめちゃくちゃシンプルでエンターテイメント感が満載。笑えるし、どうかしてるくらいぶっ飛んだ映画なので是非観てください!また何回も見たい映画です。
マインド亀

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