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哀れなるものたちのNのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.8
これは映画の顔をした向精神薬ではないか。一見アート面した作風とは裏腹にストーリーラインも絵作りもところどころ観客に向けた丁寧な導線が見える。登場人物の設定や感情の流れも、あまりにわかりやすい。

ベラ・バクスターの振る舞いはその無邪気さや性的な奔放さからファム・ファタールの装いさえ見せ、実際「間違っても俺に恋なんてするなよ」と言ってみせた男は翻弄されるどころか精神を病んでしまう。作中で明確には描かれていないが、ベラの母体である母親自身もそのような気質を持ち合わせていたがゆえに世界との折り合いがつかず、身を投げることになったのかもしれない。

しかし、彼女は結局育ての親にあたるゴッドの意志を継ぎ医者を志す。解剖学が得意だという彼女は、人々の心を解剖することにも長けていて、またそれによって治癒する人もいるかもしれないという綺麗なまとめ方もできる。しかし、鬼才ヨルゴスランティモスはそんな退屈な人生訓を説教臭く語るためだけに映画という文法を選んだわけではないことくらい、容易に想像できる。というより私たちは体感したはずだ。目の前で起こった出来事と秀逸な音楽、異常なまでに作り込まれた世界とそこに流れる子気味いい時間は、ヨルゴスランティモスというひとりの人間(妖怪かもしれない)の歪んだフェチズムとR18でありながらそれを大衆の目に届くまでに影響を残す手腕によるものである。

もはや再生不可能であった母体から蘇生したベラ・バクスターの親であるゴッドのように、ヨルゴスランティモスは我々を本来同一化することはない何かと縫合することによって、治療しようと試みたのかもしれない。あくまで好奇心による実験だったとしても、これを刮目してしまった人間はそれ以前には戻れない。そして、再度体験するのである。どこまでもくだらなく時折愛おしい人生を。

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