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春画先生のnetfilmsのレビュー・感想・評価

春画先生(2023年製作の映画)
4.0
 黒沢清好きが漏れなく好きなのはかつては塩田明彦や青山真治や万田邦敏で、今は濱口竜介に移行しつつある過渡期であると思う。『月光の囁き』以降の塩田作品はもれなく大好きで、『黄泉がえり』と『どろろ』以外は大概好きな自分にとっては初週に観るべき作家ではあるのだが、流石に『春画先生』というタイトルと予告編には触手が動かなかったのも事実としてある。然しながらオリジナル脚本だとあるので、2週目の週末に馳せ参じてみたのだがこれが心底とち狂っていた。脚本だけみれば、もしかしたら今年一番のとち狂い具合かもしれない。にっかつロマンポルノでやりそうな題材を「春画」を交えながら爽やかに清潔にやるというのが当初の配給の目論みなのだろうが、例によって塩田明彦の脚本は見事なまでにそこに抵抗の意を込める。これは率直に言って『ドレミファ娘の血は騒ぐ』であり、『勝手にしやがれ!! 逆転計画』ではないか?春画先生こと芳賀一郎(内野聖陽)は『勝手にしやがれ!! 逆転計画』の哀川翔や『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の伊丹十三で、メンヘラ拗らせおじさんがメンヘラ拗らせ女子に回り回って何度も回り道をしながら、何とか辿り着こうとする涙ぐましい魂の過程である。

 率直に言って春野弓子(北香那)の人生が変わる瞬間というのは残念ながら私にはあまりピンとこなかった。地震時に春画と触れ合い狂ったというよりも、ある種の禁欲状態が「春画」を題材として芳賀一郎と結び付いてしまった以上の感慨はあまり感じられない。春画の研究者である芳賀一郎は前妻の死から9年間もSEXをせず、弓子もまた誇大妄想狂だがSEXの経験はさほどない。そんな2人が編集者・辻村(柄本佑)の登場から堰を切った様にエモーショナルに自らの弱さを曝け出して行く。偶然の地震からの名刺手渡しからは2人の距離は最短で縮まるかに見えて、これだけまどろっこしい道程を歩む辺りに塩田明彦の焦らしの美学を見た。春画に触れながら一郎と弓子は互いに特別な関係を希求する。それは『黄泉がえり』を観た我々にはひたすらオーソドックスな道程なのだが、あえてそこに気付いていないかのように狂った逆張りをする塩田明彦の手腕には唸らされる。弓子の絶望はこの大きな謀の中では細い赤い糸を辛うじてつなぐ。その時点で彼女の哀しみの涙は絶望ではない。春画披露のシークエンスにおける弓子と一葉(安達祐実)との視線の交差そのものが塩田映画の醍醐味で、そもそも唾を吐かないように口元に置かれたハンケチがむしろ彼女たちの視線の交差に意識を向けている。ゆみこと言えば由美子でも裕美子でもなく、どうして弓だと判断したかは定かではないが、弓を引く表象からの弓にはしてやられた。芦沢明子さんの撮影もここ数作のあしらいでは一番良い。
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