ヨダセアSeaYoda

愛する時のヨダセアSeaYodaのレビュー・感想・評価

愛する時(2023年製作の映画)
3.6
【Points of View】
・愛という現象は理性で醸成できるか?
・アイデンティティの揺らぐ人生の苦痛
・他人で処理する怒り、自分で作る赦し

---

この作品は、戦後フランス社会を舞台に、三つの魂の痛切なドラマを描き出す。ドイツ人将校との関係によって周囲から迫害を受けた母マドレーヌ。その関係から生まれた息子ダニエルへと向けられる、愛情と葛藤が交錯する母の眼差し。そしてマドレーヌのパートナーとなったフランソワは、当時の社会で法的な認知すら得られなかったアイデンティティ上の苦悩を抱えている。これら三者の複雑に絡み合う人間模様が、静謐な筆致でありながら深い悲劇性を帯びて描かれていく。

特筆すべきは、マドレーヌという存在が戦後社会において担わされた象徴的な役割だ。彼女は人々が抱えるナチスへの怒りの吐け口として機能させられながら、自身の感情を吐露する場所を持てない。周囲の怒りを一身に背負わされた彼女は、いまや自分自身と向き合い、自身と息子のアイデンティティと人生を"赦す"という重い課題を突きつけられている。この過酷な運命の重さは、戦後社会が個人に押しつけた贖罪の重さをも暗示しているかのようだ。

この作品の核心は、過去との向き合い方をめぐる母子の心理的な対立にある。過去を封印したいマドレーヌと、自身のアイデンティティの不明瞭さに苦悩する息子。その狭間で両者の心情は痛ましいまでに理解できる。さらに、養父フランソワもまた自身のアイデンティティに揺れる存在であり、家族の精神的支柱となりきれない。

ここで浮かび上がるのは、「愛」の形成という根源的な問い。複雑な感情を抱える母は、子どもに対して純粋な愛情を育むことができるのか。愛とは意志の力で生み出せるものではない。しかし子どもは無条件の愛を求め、社会もまた親の愛を当然のものとして期待する。そこに生まれる軋轢は避けられない。

タイトルの「愛する時」は、まさにこの物語の本質を表現している。登場人物たちは皆、愛することを求め、愛さねばならないと感じ、愛されることを願いながら苦闘を続ける。それは現代社会に生きる誰にも通ずる普遍的な姿でもあるように感じた。

---
観た回数:1回
ヨダセアSeaYoda

ヨダセアSeaYoda