このレビューはネタバレを含みます
脳を無くしてその場で生き延びることを選択した「ほや」のように、島で生き続けているアキラ。
アキラの中には、津波の被害から船を守るための「沖出し」によって行方不明になった両親が今も生きている。頭では、もう亡くなっていることはわかっていても、12年たった今も海の物が全く口に入れられないくらい身体が受け入れないのだろう。その両親から託された弟シゲルを守る責任と、自分は生き延びてしまった自責の念。そして叔父から一人前の漁師になることを求められる「本家なんだから」との言葉。それらががんじがらめの足枷になって、アキラに思考停止を強いているかのようだった。
終盤、アキラは、自分がずっと面倒をみてきたはずの弟シゲルから、実は気を使われていたことを知り、それを契機として、12年前のトラウマと向き合う船出(沖出し)をする。
津波を知らせるサイレンの幻聴を聴き、「沖出し」に向かう両親の幻影を見ながら、迫り来る津波に立ち向かって、沖へとスピードを上げて船を走らせるアキラ。
アニメの表現が、彼の内なる格闘を的確に表現していたと思う。
その先に、美しい朝焼けが待っていた所も象徴的。ほやのように、思考停止して生きながらえていたアキラが、ほやと人間の間の「ほやマン」になることで一歩を踏み出し、更にあの日のトラウマを乗り越えることで、人間として、ほやを口にできるようになった。
結局、自分を許せるのは自分自身だけなのだろう。
アキラの生活を動かすきっかけとなった漫画家ミハル役の呉城久美さんが素晴らしい。他の方も書かれているが、どんどん魅力的になっていく。アキラとのつかみ合いの中で、互いに自分の頬を殴り合うシーンが強く印象に残った。
加えて、お隣さんである春子役の松金よね子さんとの掛け合いのシーンも最高だった。松金さん、本気でホウキを打ちつけていたと思われるが、それによって、鳥肌が立つくらい緊張感のあるリアリティが生み出されていた。主役達を食う、すごい演技を見た。
年のせいもあって、方言が聞き取れない部分があり、ちょっと悔しい思いをしたが、それもまた大切なリアリティ。