耶馬英彦

国葬の日の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

国葬の日(2023年製作の映画)
4.0
 最初のほうのインタビューで、山口県のあべ事務所を訪れた女性のシーンがある。おそらく目的を聞かれたのだろう。「弔慰と感謝です」と彼女は言う。当然だという態度だ。しかし次にインタビュアーが「安倍さんのどんなところが政治家として素晴らしいと思いますか?」と聞くと、彼女は黙ってしまった。具体的なことを何も知らないのだ。考えた挙句「行動力がある人でした」と、内容のないことを言う。
 この女性だけではない。アベシンゾーを讃える人たちは、長い間首相を務めたとか、あれだけのことを成し遂げたとか、外交で活躍したなど、印象でしか物を言えない。
 対して国葬に反対する人々は、アベシンゾーがモリカケサクラの説明責任を何も果たしていないこと、沖縄の選挙や県民投票の民意を無視して辺野古基地のゴリ押しを進めたこと、福島原発がちっともアンダーコントロールではないことなどを挙げ、そんな人間の国葬を災害救助よりも優先する岸田政権に対する疑念を述べる。非常に具体的で、自分でよく調べて、自分でよく考えたことだと分かる。

 沖縄の女性は、アベシンゾーのもっとも重い罪は教育を変えたことだと言う。道徳を科目にして国家に従順な子供にしようとしている。辺野古には修学旅行生を行かせない。国にとって不都合なことは何も知らせない教育に変えてしまったと話す。まさに「由らしむべし知らしむべからず」という為政者のおごりそのものの方針である。
 しかし最初のほうでインタビューされた女性は、かなり年配だった。アベが定めた教育方針ではない教育で育っている。それでもアベシンゾーのことを具体的には何も知らなかった。つまりこの国の教育は、アベが改悪する前から、ずっと「由らしむべし知らしむべからず」の方針だったのだ。

 中原中也は「憔悴」の中で次のように書いている。

(前略)
さてどうすれば利するだらうか、とか
どうすれば哂(わら)はれないですむだらうか、とかと
要するに人を相手の思惑に
明けくれすぐす、世の人々よ、
(後略)

 日本人は頭のいい民族だと思う。しかしその頭のよさは自分の身の回りだけに使われて終わる。世界観や宇宙観までは広がらない。ということは、多くの人々は、世界観も宇宙観もなしに生きている訳だ。日本人を説得するには「みんなやってますよ」と言えばいいらしい。同調圧力に負けやすく、同調圧力を生みやすい精神性だ。赤信号、みんなで渡れば怖くない。
 論理的に考える習慣がないから、パラダイムに逆らわず、印象だけで判断する。選挙の投票行動も同じだ。親戚だから、お世話になっているから、握手してくれたから、社命だから、団体の方針だから、といった理由で投票先を決めるのだ。かくして「お上」の政治が連綿と続いていく。
耶馬英彦

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