アンテイルフー

市子のアンテイルフーのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.0
最近、女性が突然失踪する日本映画が多い。現実に日本は急激に貧しくなっていて、日本の女性が外国で売春をしているとか、国内で犯罪の被害者になる、そういう悲しいニュースが増えている。この映画の市子のような人権を無視された女性は想像以上に多くいると思うし、日本人がまだ気づいていない不条理な不幸に見舞われている女性も数多くいる気がする。

でもこの映画は、今の日本社会を批判する意図があったと思うが、見ていて辛い作品なのに感想としては、市子は心から彼女のことを想ってくれる人がたくさんいて羨ましいというものだった。
それほど、この映画には市子の周りに愛に満ちた人間が数多く現れる。高校時代から市子に片思いをしている「北秀和」は市子が法に反する行為をしても彼女を決して見捨てない、市子が置かれた状況を理解して法律より彼女を守ることを選ぶ。
最後ははっきりとした説明がないのでわからないが市子のためなら迷うことなく死ねるという人。またホームレスになりかけた市子を女神のような包容力で見返りも求めず救う「キキ」という女性、一緒にケーキ屋をやろうと彼女に希望を与えて警察から真実を伝えられても市子への友情はびくともしない。市子の現在の恋人の「長谷川」も市子の壮絶な過去や罪を知っても、市子への愛情は揺らぐどころか逆に市子への愛情が深まるという。

市子の母親も初めは毒親に見えたが、市子が月子にしたことを一切責めないで、逆に彼女の苦しみを思いやる慈愛に満ちた母親だった。たぶんこの映画で文句なしに一番不幸な月子も最後まで市子に向ける目には愛と感謝しかなかった気がする。

天使のような人間が五人も出てくるせいで、市子は社会的に存在しない人として苦難の人生を生きてきたのに、観客は市子を本物の愛情で人から愛された幸福な女性だと感じてしまう。映画を見終わった後に嫌な気持ちになる人はほとんどいないのではないだろうか。
たぶん、日本政府が推奨する合理的に生きるコスパに優れた優秀な人間はここまで人から愛されない気がする。苦しみもがいた市子のほうが結果的にたくさんの愛をもらったという、市子と市子を愛した人間の精神的な豊かさに圧倒された。