このレビューはネタバレを含みます
初濱口作品。
率直な印象は濱口竜介版の『怪物』
第一印象から何度も感情を変えてくる複数の層からなる物語の構造からそう思った。
あと、なんか主演の人の演技と声が池松壮亮っぽいなーって思った!
そして、ラストで浮かぶ大量の「?」
実に思わせぶりな演出と壮大なアート性。
最新作ながら濱口竜介とはこう言うことだ、と味合わされる雰囲気最高の作品だった。
さて、
『気狂いピエロ』風のイントロから始まり、そこからすぐに快眠に誘う壮大な劇伴と共に流れ、映される木々のアート的ロングカット……開幕から観客をぐっと映画の世界に引き寄せる濱口監督の手腕にまず舌を巻く。そして「これは名作かもしれない」と観客に思わせることになる。
まず、このイントロから面白い。
EVIL
EXIST
まず最初はこうタイトルが出てくる。
訳せば「悪は存在する」
そして、何秒か経って
EVIL DOES
NOT EXIST
ここでやっと「悪は存在しない」
となるのだ。
色が赤と青だったので『気狂いピエロ』を意識しているのは確実だろう。
そこから10分ほどは絶妙に冗長な景色のカットと極端に少ない会話シーンを挟みながら、この映画はどんな物語なのか観客に探させることになる。
開幕のワクワク感から一転、正直ここら辺は少し眠かった。
劇伴が大変素晴らしく、耳に染み渡るバイオリンの音に脳が睡眠信号を送っていたのだ。
そしてやっと物語が始まる。
基本、と言うか終盤までこの物語は土地改革に反対する住民たちと補助金のために何とか土地改革をしようとする会社、と言う構図から成っている。
分かりやすく「善」と「悪」が配置されているのだ。
しかし、この映画は『悪は存在しない』と題されている。
どう言うことなのだろう? と思った。
しかし、その疑問はすぐに解消されることとなる。
観客、住民からは「悪」サイドにいる補助金目当ての会社、その社員たちの感情が描かれることで、観客は「おや?」と思わされる。
そしてここで私はあー『怪物』っぽいなぁと思った。
はっきり言ってこの社員二人の第一印象は最悪だった。
特に男の方。
しかし、社員たちも結局会社の操り人形。
社長とコンサルは最悪だが、視点が変わり、二人の感情を見せられることで、観客は一概に会社を「悪」と言えなくなる。
そして、私は最初この構図を『悪は存在しない』と言っているのかと思った。
正義の反対はまた別の正義と、そう言っているのかと。
そしてこのコンサルの話を聞いていると、最悪だが感情とビジネスは分けて考えていかなくてはならないのは当然のことだとは思う。
ただそれはそれとして計画に穴が空きすぎているのに譲歩がとか言って強行しようとするのはヤバいと思う。
ここで面白いのは「悪」サイドの社長が繰り返し「"善"は急げ」と言っていたところで、実に皮肉だなあと思った。
その後、テンポ良く進んでいく物語。
会話とその間のテンポも面白い。
シュールな会話にも思わず笑わされていく。
そして1時間以上経った頃だろうか、さてこの物語の終着点はどうなるのか、尺は足りるのか、結局浄水池は建設するのか、等……特に思っていたのは「花ちゃんっている必要あった?」だが、この思考はその後の怒涛の展開により消化されていくこととなる。
最初の展開からは予想もつかない展開になっていく、これも『怪物』に似ているところだろう。
突然失踪する花。よぎる不安。
そして訪れるラスト。
………?????
はっきり言って意味が分からなかった。
花が生きているかと思えば鹿がいて、そう言えば野生の死にかけの鹿は人を襲うことがあるかもしれないって言ってたな。つまり花は危ない。
鹿に近づく花を止めようとした男を、主人公の巧は締め落とす。まずここで意味が分からないし、その後恐らく鹿に襲われ負傷した花を連れて巧は、冒頭の木々のシーンと同じ構図でひたすら森の中を練り歩く。
スクリーンに響く荒い息と、薄暗い木々。
じわじわと薄まっていく画面に、「流石にここで終わらないよな……?」と不安になる私。
そして画面は暗転しスタッフロールに入り……
『悪は存在しない』と……
いや、めっっっっちゃ悪存在してない!?
どう言うこと!?!?!?
いかにも賞を獲りそうな思わせぶりで一切説明が無いラストには困惑させられた。
私も説明が無い作品は好きだが、それにしたってこれは観客に不親切すぎる。
何を伝えたいのか分からない。
まあ、私なりに少し考えてみたが、この作品は「変化」について描いているのでは無いかと思った。
コロナによって時代が「変化」し、穏やかな田舎町が土地改革によって無理やり「変化」させられようとしていたり、それに不信感を覚えた社員たちも自分を今の状況から「変化」させようとしている。
そして、ラスト。鹿に近づく花。
何か変化をしようとしているのだろうか。
そして、その「変化」を止めようとする社員の男を必死に止める巧。
変化を恐れるな、変化を止めるな、と濱口はそう言いたかったのか。
熟考の価値がある一本であった。