マインド亀

コンクリート・ユートピアのマインド亀のレビュー・感想・評価

コンクリート・ユートピア(2021年製作の映画)
3.5
カッコイイイ・ビョンホンから、狂気のイ・ビョンホンへ

●正直、お正月の能登半島地震の直後に観る映画としては、非常にいたたまれない感情が湧き出てきました。しかしながらこればかりはタイミングの問題なので仕方がありません。
このたびの石川県能登地方を震源とする令和6年能登半島地震によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。

●韓国で大ヒットの本作品。
最近のビッグバジェットの大作は、日本だけでなく韓国ですら、無理やりな感動を盛り盛りにするために、冗長な演出、モッタリしたテンポ感、お涙頂戴脚本が目につくようになってたので、結構見る前から不安ではありました。しかし本作は、思った以上に無駄は省きソリッドでテンポもよく、説明的にはならずに登場人物のバックグラウンドと事の始まりなどの必要な要素でシンプルに構成されており好印象。良かった良かった。
まあ、話の筋書きも登場人物のキャラクターもだいたい想定通りの内容です。

●まずオープニング、パク・ソジュンが目覚めた爽やかな朝のひとときから、「これから自身が起こるのかな?」と思わせておいてマンションの外へカメラが移動し全景が映ったときのサプライズ!もう、事は既に起こってしまってるんですね。(韓国のマンションって、ベランダの外側にもガラス・サッシが備わってるんですね。)
特筆すべきは、現実にはありえないくらい地面が隆起する地震によって崩壊した世界を創造したその美術セットとCGの合成。
ビルをほとんど横倒しにしてその中を探索するのですから、崩壊した世界を疾走するしかなかった『新・感染列島』のレベルとは全然違うと思いました。
圧倒的な予算がかかってるんでしょうね。ハリウッドのレベル以上に自然で豪快です。特に主な舞台となるアパートはほぼ無傷なのでそこでの予算は抑えられていますが、アパートの外の世界における崩壊した建物のセットはリアリティを重視して完璧に作り出しています。小道具にも実際に再開発で廃棄された資材を使うほど、ディティールを最重要に考え、例えばどの部屋にも住人の個性が感じられるような圧倒的生活感を再現しています。さすがパク・チャヌク直伝!!

●ですが物語の基本はアクションではなく人間ドラマ。人間の狂気の部分をイ・ビョンホンの圧倒的異形な演技が牽引。
限界状態では正常な判断のできない民主主義の欠陥と矛盾と暴力性、また権力の暴走とそれにすがることで機能する社会システムの「嫌な感じ」をありありと叩きつけています。この状態で自分ならどうするか、どうすれば生き延びれるか、などを考えざるを得ません。
イ・ビョンホンのリーダー就任を仕組んだ婦人会会長のキム・ソニョンは『恋のスケッチ』や『愛の不時着』で韓国の名バイプレイヤーですよね!いかにも人々意見を汲み取り平等に振る舞ってはいますが、自分は前面には出てこず、男性の優位性をわきまえて、イ・ビョンホンのリーダー就任を仕組んだり、多数決を利用しアパート外部の住人を追い出したりするしたたかなところを持っています。助演女優賞の受賞も納得の演技。
またイ・ビョンホンは、普段はうだつの上がらない中年ですが、突然他者から認められることによってその地位と居場所に固執してしまう、ある意味かわいそうな市井の人。彼の舵取りがうまくいかなかったときに、それに率いられてきた人々はどうするのか、極限状態の人間は暴力でしか解決の方法はないのか、などを突きつけてきます。彼は居場所が欲しかっただけなんですよね。表では穏やかな口調で民心をまとめますが、「居場所」の地盤がグラついたときに狂気の暴力性を発揮する。まさに大地震そのものの象徴なのではないでしょうか。
この二人に比べると主役ポジションのパク・ソジュンとパク・ボヨンは若干存在感薄め。しかしながら、妻を守るために針が触れやすいパク・ソジュンと、慈愛を貫き通すパク・ボヨンは最も感情移入しやすい存在ですね。また、女性は探索隊には居ないというのは、男性の兵役が残る韓国ならではのジェンダー感なのかな、とも思いますね。

●震災が身近になってる今、本作の鑑賞後、自分だったらどうするのか、彼らはどこで間違えてしまったのか、をついつい考えたり話し合ったりしてしまいます。それだけに根源的でシンプルな作品だと思います。彼らの場合、おそらく無政府状態で助けや補給もない状態ですのでさらに深刻な状況です。
奪うだけではなく、分け合う、そして未来に向けて生み出すことの重要性を考えざるを得ません。このアパート的な文化は海外の中でも日本がまだわかり易い文化だと思うのですが、身近なポストアポカリプスものとして観たほうが良い映画だと思います。
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